投稿者「海部 健三」のアーカイブ

ウナギ条約が行き詰まっているとの報道

ニホンウナギの消費量を抑制することを目的に,日本,中国,台湾,韓国が養殖に用いるシラスウナギの量(池入れ量)に上限を設定したのが2014年。その後,日本は強制力のある条約の締結を目指して来ました。

しかし,時事通信が2016年2月12日に配信した記事によると,協議は2015年6月以降行われておらず,行き詰まっているといいます。

2016年9月には,野生動物の国際取引を規制するCITES(いわゆるワシントン条約)の締約国会議が予定されており,ニホンウナギが附属書に掲載されることになるのか,注目を集めています。シラスウナギの池入れ量制限合意と,さらに強制力のある条約によってニホンウナギが適切に管理されるなら,ワシントン条約への掲載の可能性は低くなるでしょう。

しかし,条約締結への協議が難航しているばかりでなく,すでに合意に達している池入れ量制限も,実際のシラスウナギ漁獲量を超えた過剰な上限が設定されており,仮に条約が締結されたとしても,「適切に管理されている」とは言い難い状況です。

ワシントン条約締約国会議に向けて,新しく規制の対象とすべき種を提案する期限は4月27日です。

アメリカウナギ、カナダで絶滅危惧種指定か?

カナダのラジオ局ICI Radio-CANADAのニュースサイトが2016年1月5日、カナダ水産海洋省が、カナダにおいてアメリカウナギAnguilla rostrataを絶滅危惧種に指定するかどうか、審査を行っていることを報じました。3月18日までパブリックコメントを募集するそうですが、いつ結論が出るのかについては不明です。

カナダ水産海洋省パブリック・コメント募集ページ

アメリカウナギについては昨年10月、米国の漁業・野生生物局(FWS)が同種をESA(Endangered Species Act)の対象とはしないことが発表されていますが、カナダはどのような判断を下すのでしょうか。記事の中にもあるように、カナダの「絶滅のおそれのある野生生物に関する委員会(COSEPAC)」は2012年に、本種は絶滅が危惧される状態にあるとしており、今回、カナダの水産海洋省が2012年のCOSEPACの結論を踏襲するのか、それとも2015年の米国FWSの判断を指示するのか、注目されます。

今年の秋に開始されるCITES(通称ワシントン条約)の第17回締約国会議でアメリカウナギの記載が提案されることになれば、おそらくニホンウナギも類似種として同時に提案され、議論の対象となるでしょう。カナダがアメリカウナギの現状を非常に厳しいものと捉えているのであれば、アメリカウナギを提案する可能性もあるのかも知れません。

以下は、ICI Radio-CANADAニュースサイトの訳です。今年から海部研究室にスタッフに加わってくれた山岡さんが、このフランス語のサイトを見つけ、和訳してくれました。
———————————————————————————————–
ICI Radio-CANADA
「アメリカウナギ、絶滅危惧種になるか?
 —カナダの水産海洋省、絶滅危惧種への記載を3/18までに議論」
(訳:中央大学海部研究室 山岡未季)

絶滅のおそれのある野生生物に関する委員会(COSEPAC :Comité sur la situation des espèces en péril du Canada)は2012年に、セントローレンス川水系の人々に親しまれてきたこの魚を絶滅危惧の状態にあると認めた。COSEPACによると、本種は、特に汚染物質、水力発電用タービン、気候変動により絶滅の危機に瀕している。そのため、水産海洋省は本種を絶滅危惧種のリストに追加し、漁業規制を行う。生息地に関する規制も保護には不可欠だ。本種は、以前より過度ではないものの、未だに採捕が行われている(正しくは「もし水産海洋省が本種を絶滅危惧種のリストに追加したら、漁業はさらに管理されるだろう。本種にとって不可欠となる生息地も保護の対象となるだろう。」2016年2月2日修正)。ケベックの持続的開発・環境・気候変動撲滅省によると、サン・ローラン地域では、採捕が最重要視されている。当該地域では、64許可(年間110~130tまで採捕可能)が出ており、主に北欧へ出荷される。ケベック州は、250人の漁業者が、ウナギ漁が収入源であると見積もっている。採捕は主に、カムラスカ郡とリビエール・デュ・ルーで行われている。
———————————————————————————————–

参考
2015年10月9日記事「米国、アメリカウナギを絶滅危惧種に指定せず。ワシントン条約への提案も見送りか」 
2015年7月22日記事「ニホンウナギとワシントン条約」

IUCNウナギ専門家グループが誕生します

2014年にIUCNレッドリストが更改され、ニホンウナギを含む複数種が絶滅危惧種にランクされたことは記憶に新しいかと思われます。この評価を行ったウナギ専門家サブグループ(Anguillid Specialist Sub-Group)が、IUCNの正規の専門家グループ(IUCN Anguillid Eel Specialist Group)になる予定です。
この変化は、IUCNがウナギを重要視していることの現れと考えられます。ウナギはそれ自体が重要な野生生物であるだけでなく、水辺の生物多様性と資源の持続的利用の指標種・シンボル種としても優れています。ウナギを旗印に、水辺の生物多様性の回復と、資源の持続的利用が推進されることが期待されます。
新しく正規の専門家グループとなったAESGは、2018年よりウナギ属魚類の再評価を行う予定です。ほとんど時間は残されていませんが、ニホンウナギを含むウナギの仲間の危機的状況が緩和され、絶滅リスクが低下するよう関係者が協働して努力する必要があります。

ウナギ専門家グループについては、以下のリンクをご覧下さい。「Fishes」から「Anguillid Eel Specialist Group」を選択すると、ロンドン動物学会のウナギ専門家グループページへ移動します。
IUCN SSC Specialist Group

東京湾に関するシンポジウムでお話しします

2015年12月13日の日曜日、日本自然保護協会などの共催で開催されるシンポジウム「生き物がよみがえってきた江戸前の海」でお話しさせていただきます。
「ウナギから見た東京」というテーマで、東京湾だけでなく多摩川などの河川も含めて、ウナギにとって東京はどのような場所なのか、考えてみようと思います。

13:30より中央区立環境情報センターで行われます。年末の忙しい時期ではありますが、お時間があれば是非お越し下さい。

詳細はこちら

ウナギに関わる諸問題の解決に取り組むコーディネーターの募集(閉切りました)

ウナギに関わる諸問題の解決に取り組むコーディネーターの募集
中央大学/ロンドン動物学会

<本公募は、11月26日をもって閉切りました>

中央大学海部研究室は、ロンドン動物学会の協力を得て、多様なステークホルダー間の情報共有を通じて、ウナギの保全と持続的利用を目指すコーディネーターを一名募集します。
任期付の雇用ですが、業務に含まれる資金調達の状況によって、期限の延長も可能です。このほか勤務日、勤務時間を含め、諸条件は個々人の状況に合わせて調整が可能です。
興味のある方は、まずご相談を。連絡先は末尾のpdfリンクに記載されています。本ブログの「連絡先」からもどうぞ。

  •  雇用形態:中央大学時給制嘱託職員(任期付雇用)
  • 募集人員:一名
  • 給与:勤務日数・時間に従い、中央大学の規定により支給(週5日、一日8時間勤務の場合は月給24万円程度)
  • 交通費・社会保険:中央大学の規定により支給
  • 勤務日:週5日(週2日より応相談)
  • 勤務時間:一日8時間程度、開始及び終了時間は応相談
  • 契約期間:2015年12月10日以降のなるべく早い時期(応相談)より2016年3月31日まで。勤務状況により、2016年7月31日まで延長することができる。2016年8月1日以降の契約延長は資金調達状況による。
  • 勤務地:東京都八王子市東中野742-1 中央大学多摩キャンパス海部研究室

募集の背景、業務内容、応募要項を含む詳細は、以下のリンクをご覧下さい。
コーディネーター募集詳細(pdf)

アメリカウナギの産卵回遊追跡に成功

ポップアップタグ(注)を利用して、アメリカウナギを産卵場であるサルガッソー海まで追跡することに、カナダの研究チームが成功。10月末のNature Communicationsで発表されました。
ニホンウナギの産卵場が特定され、天然の卵も採集されましたが、ニホンウナギを含め、ウナギ属魚類の産卵回遊ルートを追跡することに成功した例は今までありませんでした。発表された学術誌は、ニホンウナギの天然の卵の採集が報じられた雑誌ですね。

興味深いことは、この研究を含め、ポップアップタグを用いたウナギ属魚類の産卵回遊の追跡において、かなりの程度の個体が捕食されていることです。タグの影響(出血による捕食者の誘引や遊泳力の低下)も十分に考えられますが、産卵回遊の成功率を考えるための重要な知見になる可能性があります。

ウナギの生活史全体をモデル化することを考えたとき、孵化後に成育場にたどりつくまでの浮遊期間とともに、産卵回遊期の死亡率を知ることは、ほとんど不可能と考えられてきました。今回のような研究が進むことにより、ウナギの生活史全体への理解が深まれば、科学的な知見を元に、漁業管理を含めたウナギ属魚類の個体群管理を進めることが可能になっていくはずです。

注:魚体に取り付け、水深や水温、明るさを記録する装置。タイマーで切り離され、浮上して浮上ポイントと記録したデータを衛星を経由して研究者へ送る。

Béguer-Pon, Mélanie, et al. “Direct observations of American eels migrating across the continental shelf to the Sargasso Sea.” Nature communications 6 (2015).

密漁ウナギに出会う確率は50%?

個体数の減少が問題となっているニホンウナギですが、養殖に用いるシラスウナギは高値で取引されるため、密漁・密輸が後を絶たないことが指摘されています。それでは、どの程度の割合が密漁・密輸されたもので、街の鰻屋さんや、スーパーや、牛丼店のウナギを食べたとき、密漁されたウナギ、密輸されたウナギを食べてしまう確率は、どの程度あるのでしょうか。情報が限られたなか、正確な推測を行うことは困難ですが、重要な問題なので、入手可能な数値を用いて考えてみました。

水産庁の数値と都府県行政の数値
用いる数値は二つあります。一つは、水産庁が利用している国内のシラスウナギ漁獲量(行政用語としては「採捕量」ですが、ここでは「漁獲量」と表記します)。もう一つは、業界紙である日本養殖新聞が、シラスウナギ漁を行っている25都府県の行政に問い合わせてまとめた、国内のシラスウナギの漁獲量です。本来同じものを指している二つの数値ですが、そろって入手できる直近の年である、2014年の値を見てみると、水産庁のものは17.3トン(その後修正されて17.4トンとなったようです。2015年12月6日記載)、業界紙のものは8.0トンと、2倍以上、9.3 トンの違いがあります。なぜ、等しくなるはずの数値に、大きなずれが生じているのでしょうか。その理由は、データの算出方法の相違にあります。

なぜ漁獲量が異なるのか
水産庁が用いている数値(17.3トン)は、養殖場が利用したシラスウナギの全体量から、輸入量を差し引いて求めています。つまり、実際に養殖に使用された量といえるでしょう。一方、業界紙の数値(8.0トン)は、都府県行政に報告された数値を集計したものです。つまり、シラスウナギを捕った漁業者やその組合が、漁を管轄している都府県の部署に漁獲量を報告した数値の合計となります(シラスウナギ漁には、都道府県知事の認可が必要)。したがって9.3トンの差は、実際に利用された量と、正規の漁獲として報告された量の差、つまり、未報告のシラスウナギ漁獲量であると考えられます。

養殖場の状況
許可を得ずにシラスウナギを漁獲する場合も、許可を得た漁業者が漁獲量を過小報告する場合も、広義に密漁と考えれば、この9.3トンのシラスウナギは、密漁されたものになります。水産庁発表の資料によれば、2014年のシラスウナギ池入れ量(養殖に用いられたシラスウナギの量)は、国内で漁獲されたシラスウナギと、輸入されたものをあわせて27.0トンです。このうち9.3トンが密漁された個体だとすれば、34.4%、ざっと三分の一のウナギは、密漁されていたことになります。
34.4%という数値は、輸入されている9.7トンが全て正規に捕獲・輸入されているという前提に立ちます。しかし、日本に輸入されるシラスウナギの多くは、シラスウナギ漁が行われていない香港から発送されています。輸入されてくるシラスウナギが正規な手続きを踏んだものなのか、現在のところ判断する材料は十分とはいえません。そこで、日本に輸入されたシラスウナギについて、仮に日本国内での密漁シラスウナギの割合(53.8%)と同じように、半分程度が密漁や密輸を経ていると仮定すると、日本で養殖池に入れられたシラスウナギのおよそ半分が、密漁・密輸された個体であることになります。

密漁・密輸ウナギに出会う確率
養殖場に入れられた後、密漁・密売された個体も、正規に捕獲・取引された個体もランダムに混じり合うと仮定すると、密漁・密輸されたウナギに出会う確率は、シラスウナギに占める密漁・密輸された個体の割合と同一になります。したがって、2014年に日本で養殖されたウナギについては、およそ50%ということになりそうです(ただし、この計算は多くの仮定を経た、粗い計算であることに注意が必要です)。その程度を正確に算出することは困難ですが、日本の伝統、ウナギ食文化が密漁と密輸に支えられていることは、確かなようです。

水産庁資料「ウナギをめぐる状況と対策」および養殖新聞より 注1:各年の池入れ量は、前年11月~当該年5月までの合計値。2013年までの池入れ数量は業界調べ、平成2014年の池入れ数量は水産庁調べ。 注2:輸入量は、貿易統計の「うなぎ(養魚用の稚魚)」を基に、輸入先国や価格から判別したニホンウナギ稚魚の輸入量。国内漁獲量は池入れ量から輸入量を差し引いて算出。 (グラフの年の表示に誤りがあったので、2015年10月23日、本図に差し替えました)

水産庁資料「ウナギをめぐる状況と対策」および養殖新聞より
注1:各年の池入れ量は、前年11月~当該年5月までの合計値。2013年までの池入れ数量は業界調べ、平成2014年の池入れ数量は水産庁調べ。
注2:輸入量は、貿易統計の「うなぎ(養魚用の稚魚)」を基に、輸入先国や価格から判別したニホンウナギ稚魚の輸入量。国内漁獲量は池入れ量から輸入量を差し引いて算出。
(グラフの年の表示に誤りがあったので、2015年10月23日、本図に差し替えました)

資料
水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」
Wedge 2015年8月号「ウナギ密漁 変わらぬ業界、支える消費者」
トラッフィク・イーストアジア・ジャパン「ウナギ市場の動態:東アジアにおける生産・取引・消費の分析」 

第三回ウナギゼミの日程が決まりました

第三回ウナギゼミの日程が決まりました。
内容については,「ウナギ情報」の中の「ウナギゼミ」をご覧下さい。
参加希望の方は,「連絡先」より「研究者情報ページ」に飛び,「連絡フォーム」から海部までメールを送って下さい。世話人の板倉さん(東京大学)におつなぎします。

第三回ウナギゼミ
日時:2015年11月26日(木)13:00−17:00
場所:中央大学後楽園キャンパス(理工学部)2号館 2743教室
交通アクセス
キャンパスマップ

ニホンウナギは絶滅しないのか?

「個体数の多いニホンウナギは絶滅しない」という主張を時々目にします。この問題について,他の生物種と比較しながら整理してみました。

ニホンウナギは絶滅しない?
日本の河川では、2013年に149トンのウナギの漁獲が記録されています(漁業養殖業生産統計)。1個体の体重を500gと大きめに見積もっても、29万8000個体であり、漁獲されていない個体や、河川ではなく沿岸域に生息する個体、日本以外の国々に分布する個体を含めれば、数百万、または一千万以上の個体数になるでしょう。その一方で、IUCN(国際自然保護連合)のレッドデータブックで同じEndangered(絶滅危惧IB類)にランクされているジャイアントパンダの個体数は、1000から2000頭と推測されています(Lü & Garshelis 2008)。

産卵場の安全性も、絶滅リスクを考えるうえで重要な意味を持ちます。産卵場が利用できなくなるなど、繁殖が阻害されると、種の絶滅リスクは大幅に高まります。現在、淡水魚の多くがその数を減らし、絶滅の危機にあるとされていますが、彼らの多くは、人間活動の影響を強く受ける、淡水域で産卵を行います。一部の種では、人間の活動によって産卵場が破壊される、または産卵場へ移動する経路が断たれるといった影響が、個体数の減少に大きな影響を与えています。例えば、国の天然記念物に指定されているイタセンパラやミヤコタナゴを含むタナゴ類には、絶滅が危惧されている種が多く含まれます。彼らはイシガイなどの二枚貝の中に卵を産みつける、特殊な産卵生態を持っているため、産卵の対象となる二枚貝の数が少なくなれば、個体群は大きな打撃を受けます。

ニホンウナギは個体数が多く、産卵場は比較的安全な遠い外洋にあるため、絶滅リスクは低いのではないか、と考える方もいるようです。

個体数が多い生物の絶滅
狩猟や漁業、開発といった人間の活動によって、野生生物の絶滅確率は100から1000倍に増加したと考えられています(Pimm et al. 1995)。一般的に絶滅確率が高いのは、島嶼部などに生息する、個体数が少なく、分布域の狭い動植物です。しかし、一説には50億以上と、世界最大級の個体数を誇ったリョコウバト(Ectopistes migratorius)は、100年あまりで激減し、1914年に絶滅しています(Bucher 1992)。リョコウバトの絶滅の主要な原因は、狩猟と生息域の環境変化(特に森林の伐採)であったと考えられています(Bucher 1992)。

リョコウバトの悲劇を見る限り、ニホンウナギは個体数が多いから絶滅しない、とはいえないようです。

個体数が多く、産卵場がおびやかされていない生物の激減
同じように、ユーラシア大陸全域に分布し、北半球で最も個体数が多い鳥類のひとつだったシマアオジ(Emberiza aureola)も減少を続け、その絶滅が危惧される状態に陥っています。最近発表された研究では、1980年には数億個体が生息していたにも関わらず、2013年までに個体数は84.3%から94.7%減少したと推測されています(Kamp et al. 2015)。シマアオジのおもな減少要因は、狩猟であると考えられています(Kamp et al. 2015)。

シマアオジは、「渡り」を行います。渡りとは、季節によって住む場所を変える、鳥の行動を指します。魚類の場合は回遊と呼ばれますが、英語ではどちらもmigrationです。シマアオジは、ユーラシア大陸北部で産卵してヒナを孵し、東南アジアで越冬します。秋にはユーラシア大陸から中国の沿岸域を経由して東南アジアへ向かい、春には再び東南アジアから中国沿岸を経由して、それぞれの産卵場へと拡散します。シマアオジの渡りのルートである中国では、食用の野鳥としてシマアオジの人気が高く、多くの個体が渡りの途中で捕獲されます。シマアオジの捕獲は1997年に禁止されましたが、違法な狩猟が後を絶たないそうです(Kamp et al. 2015)。(なお、リョコウバトも渡りを行いますが、渡り行動と絶滅との関係が明確にされていないため、ここではリョコウバトの渡りについては議論しません。)

渡りを行う鳥類の多くは、生活史を完結させるために渡りを行っています。このため産卵場が安全であったとしても、渡りのルートの一部を阻害されることによって、個体群の存続が危ぶまれる、または絶滅することが想定されます。

ニホンウナギとリョコウバト、シマアオジの共通点
個体数の多いニホンウナギは、その他の点でもリョコウバトやシマアオジと共通点を持っています。そのひとつとして、いずれも食用とするため、ほとんど無規制に消費されている(またはされた)ということが挙げられます。リョコウバトの場合も、「個体数が多いから大丈夫だろう」との考えのもと、捕獲の規制がなされないまま絶滅に至ったといわれています。

渡りや回遊を行うことも、三種に共通しています。ニホンウナギはグアムにほど近い、マリアナ諸島の北西海域で産卵し、生まれた子どもは東アジアの沿岸域まで海流によって流されて河川や沿岸域で成長し、再びマリアナの産卵場へと帰っていきます。

通し回遊魚の脅威
回遊を行う魚類のうち、ニホンウナギのように、一生の中で海と川の両方を利用する生態を「通し回遊」といいます。渡りを行う鳥類と同様に、回遊を行う魚類の場合、回遊ルートの一部が阻害されることによって、子孫を残すことが難しくなり、個体数を激減させる可能性があります。特に海と川を行き来する通し回魚には注意が必要です。人間から遠く離れた海洋の中だけを回遊する魚類と違い、通し回遊魚は人間に近い河川や湖を、その生活史の一部で利用するために、人間の活動によって回遊ルートが阻害されやすいのです。

ニホンウナギのような通し回遊魚は一般的に、決まった季節に、決まった場所を、決まった方向に移動します。行動の多様性が低下する回遊期には、回遊ルートで待ち構えている人間に、魚は容易に捕獲されてしまいます。ニホンウナギであれば、冬から春にかけて稚魚であるシラスウナギが東アジア沿岸の河口域に進入するので、たも網(手に持つ柄のついた網)で救い取ることができます。ふくろ網(設置型の網)を使えば、下流から上流へ向かうシラスウナギを一網打尽にすることも可能です。河川や沿岸域で成長し、成熟を開始した個体は産卵に参加するため、秋から冬にかけて河川を下って海に出ます。梁(やな)で川を仕切ってしまえば、ひとつの川から産卵に向かうほとんど全てのウナギを捕獲することができます。

通し回遊魚の回遊ルートにおける脅威は、食用とするための漁獲だけではありません。河川には治水や利水のために、河口堰やダム、落差工などさまざまな河川横断構造物が設置されています。これらの構造物は、物理的な障害として、ニホンウナギなど通し回遊魚の移動を阻みます。

水の中を泳ぐ回遊魚は、空を飛ぶ渡り鳥比較して、人間の影響が強いと考えられます。水は人間に近く、漁業や運送業などの経済活動が行われる場所であり、治水や利水のための構造物が建設される場所であり、また、農業排水、工場排水、生活排水などによって、容易に汚染されます。個々の生物種で事情は異なるでしょうが、このような特性を考慮すると、一般的に通し回遊魚が渡り鳥よりも絶滅しにくいとは、考えにくいようです。

ニホンウナギは絶滅しないのか
リョコウバトの絶滅、シマアオジの個体数激減、そして通し回遊魚特有の回遊ルートの脅威を見てみると、個体数が多いから、産卵場が比較的安全だからといって、ニホンウナギの絶滅確率が低いと考えるのは早計ではないでしょうか。

個体数の多寡は、絶滅リスクを考えるうえで重要な指標でしょう。しかし、それぞれの生き物の特性を考慮せずに、個体数が多いから絶滅リスクが低い、と考えるのは誤りです。特に、シマアオジの例にも見られるように、渡りや回遊を行う動物は、回遊ルートの阻害によって、個体群は大きな打撃を被る可能性があることに注意が必要です。

ここまで、絶滅の脅威について考えてきましたが、反対に、個体群が回復する要素についてはどうでしょうか。ニホンウナギの個体数を増加させるような要因は、ほとんどありません。前述のジャイアントパンダやイタセンパラ、ミヤコタナゴについては、捕獲が全面的に禁止され、繁殖を進める施設が設立されるなど、手厚い保護が行われています。これに対してニホンウナギの場合は、日本だけでも年間に149トン以上の「天然ウナギ」が河川で捕獲され(2013年)、2万トン以上の国内産養殖ウナギとともに食用に供されています。また、河川に設置された多くの横断構造物がニホンウナギを含む通し回遊魚の回遊を阻害しています(2005年の時点で堤高15m以上の大型ダムの数は2675基。数は世界第4位、密度は第3位(Yoshimura et al. 2005))。現状を維持する限り、ニホンウナギは個体数を減少させることは確実であり、リョコウバトと同じ道をたどる可能性を否定することはできません。

予防原則という考え方
「ニホンウナギは絶滅する可能性がある」との情報を、どのように捉えたら良いでしょうか。「絶滅する可能性がある」は、「絶滅しない可能性もある」と読み替えることが可能です。また、その可能性がどの程度なのか、とても低いのか、ある程度高いのかという問題もあります。ここで重要になるのが、予防原則という考え方でしょう。

生き物の絶滅は、取り返しがつきません。生物の絶滅のように、結果が重大である事柄については、最悪の事態を想定して行動するのが、予防原則の考え方です。例えば、目の前に壊れかけた(実際には壊れかけているように見える)橋があったとします。渡ったら壊れるかもしれないし、壊れないかも知れません。橋が架けられている場所はある程度の高さがあり、壊れて落ちたら怪我をしそうです(落ちたときの被害は大きい)。このようなときに、渡らないと判断するのが、予防原則に沿った考え方になります。

「個体数が多いから絶滅しない」と考え、ニホンウナギの状況を放置し、無規制な消費を続けることは、壊れかけた橋を渡る行為です。橋を渡っても壊れない可能性はあります。しかし、それはリスクの高い博打に過ぎず、そのような博打を受け入れる社会に、持続的な発展は望めないでしょう。ある程度の不確実性はあっても、絶滅リスクを回避するために、早急に行動を起こす必要があります。

引用

  • 農林水産省 漁業養殖業生産統計
  • Bucher, Enrique H. “The causes of extinction of the Passenger Pigeon.” In Current ornithology, pp. 1-36. Springer US, 1992.
  • Kamp, Johannes, Steffen Oppel, Alexandr A. Ananin, Yurii A. Durnev, Sergey N. Gashev, Norbert Hölzel, Alexandr L. Mishchenko et al. “Global population collapse in a superabundant migratory bird and illegal trapping in China.” Conservation Biology (2015).
  • Lü, Z, Wang, D. & Garshelis, D.L. (IUCN SSC Bear Specialist Group) 2008. Ailuropoda melanoleuca. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2015.1. <www.iucnredlist.org>. Downloaded on 06 June 2015.
  • Pimm, Stuart L., Gareth J. Russell, John L. Gittleman, and Thomas M. Brooks. “The future of biodiversity.” Science-AAAS-Weekly Paper Edition 269, no. 5222 (1995): 347-349.
  • Yoshimura, Chihiro, Tatsuo Omura, Hiroaki Furumai, and Klement Tockner. “Present state of rivers and streams in Japan.” River research and applications 21, no. 2‐3 (2005): 93-112.

 

米国、アメリカウナギを絶滅危惧種に指定せず。ワシントン条約への提案も見送りか

昨日、米国の漁業・野生生物局(U.S. Fish & Wildlife Service、略称FWS)が、アメリカウナギをESA(Endangered Species Act)の対象とはしないことを発表しました。ESAは日本でいうレッドリストと種の保存法を一緒にしたようなもので、ESAの対象になると捕獲の規制を含めた厳しい保全措置がとられることになります。

今回のFWSの発表は、ニホンウナギにも少なからず影響します。米国は来年開催されるワシントン条約の締約国会議で、アメリカウナギを含むウナギ属魚類全種を、附属書II(国際的な商取引の規制)の対象として提案するかどうか検討しています。10月26日にはパブリックコメントが閉切られ、来年の始めには提案するかどうか結果が出るかと思われますが、その決定を下すのは今回の決定と同じくFWSです。今回、FWSがアメリカウナギをESAの対象にしなかったということから、ワシントン条約への提案も見送られる可能性が高いと考えられます。その場合、ニホンウナギも同時に提案されることはありません。ただし、これはあくまで米国による提案の可能性が低くなったということであり、その他の国の行動については、まだ予断を許しません。

米国がアメリカウナギをESAの対象にしなかったことは、EUがヨーロッパウナギの保全を強く押し進めていることと好対照をなしています。漁獲量の減少率でいえば、アメリカウナギの方がヨーロッパウナギよりも減少しているにも関わらず、です。アメリカとEUでの大きな違いは、ウナギに対する市民の親しみの度合いが関与しているのではないか、との考えがあります。ヨーロッパでは、ウナギは栄養価の高い食べ物であり、自然史を語るうえでも重要な登場人物です。しかし、米国の、特に入植者の子孫はウナギ料理にも、ウナギの生態にも親しみがありません。人間が持つ、生き物に対する親しみの度合いが、その将来を決定しているのでしょうか。

今回、米国はアメリカウナギをESAの対象としませんでしたが、報道資料の中に見られる対策の数々には、見習うべきものが数多く存在します。アメリカウナギの個体群動態は、ニホンウナギと比較してずっと科学的に調査されています。また、遡上と降河をスムーズにするために、魚道のような対症療法ではなく、必要性の低いダムの撤去といった、根本的な対策を進めています。さらに、シラスウナギの売買には必ずクレジットカードなど、追跡可能な支払い方法を用いることも義務づけています。アメリカやヨーロッパの良い部分を進んで学ぶことで、ニホンウナギを保全し、持続的に利用する道が見えてくるかもしれません。

以下は、発表された報道資料の訳です。急いで書いたので、もし誤りがあってもご勘弁を。意訳したところも多いです。

———————————————————————————————–

米国国魚類・野生生物局ニュース・リリース
「アメリカウナギ個体群は安定しており、絶滅危惧種保護法(ESA)の適用を必要としていない」
(訳:中央大学 海部健三)

米国魚類野生生物局は本日、アメリカウナギの個体群は安定しており、絶滅危惧種保護法(ESA)の下での保護を必要としないことを発表した。とうぜん、長期の安定性のためには、健全な生息地を維持し、漁獲量を監視し、魚道を整備することが推奨される。

アメリカウナギは北大西洋のサルガッソー海で生まれ、死亡する。北グリーンランドから南ベネズエラで育ち、成熟した何百万ものアメリカウナギが、産卵のためにサルガッソー海を目指し、数百万の稚魚が淡水域、河口域および海水域に戻ってくる。その繁殖行動はランダムで、単一の任意繁殖集団を形成している。西半球の水圏生態系において、文化的にも生物学的にも重要な生き物である。ネイティブアメリカンによって何千年もの間捕獲され、初期の入植者の食生活においても重要な部分を占めていた。

12ヶ月の所見でもある本日の決定は、アメリカウナギをESAの対象とすべきという2010年の申立てに関する詳細な審査と同様のものである。審査は、おもに米国海洋大気庁・漁業、米国地質調査所、米国森林局、大西洋州米国海洋漁業委員会のウナギ専門委員会および学術界によってチェックされている。過去、現在、将来に本種が直面する危機に関する科学的、商業的情報を調べた結果、アメリカウナギ個体群は全体的に安定しており、(安定全体的ではなく、絶滅の危機にある(絶滅危惧種)、または近い将来絶滅の危機を迎える可能性はないと判断した。

アメリカウナギはいまだ、漁獲や、水力発電による死亡の危機に直面しているが、これらは種全体を脅かしてはいない。漁獲割当量の設定とダムなどを越えるためのウナギの通り道の整備により、悪影響は低減されている。また、ダムや暗渠の撤去、夜間の水力発電の停止、および再整備された流路構造は、多くの地域で生息地へのアクセスを回復させた。当局は、アメリカウナギやその他の回遊魚種の長期的な安定性を確保するため、パートナーと協力して保全活動を進めている。2009年以来、北東部漁業プログラムは単独で、すでに200以上の遡上・降河の障壁を撤去または改善し、1,200マイル以上、12,000エーカー(訳者注:約5千万平米)以上の生息域を、アメリカウナギを含む水生や生成物に開放した。当局はまた、コネチカット、メリーランド州、ニュージャージー州とロードアイランド州で13のダムを除去して魚の通り道を確保するため、10.4万ドルの資金を確保した。

過去百年以上にわたる生息地の喪失と個体数の減少にもかかわらず、アメリカウナギは本来の分布域に広く分布している。淡水で成長するとされていた過去に知見と異なり、アメリカウナギは河口や沿岸域も柔軟に利用することが明らかにされている。

当局がアメリカウナギを評価し、ESAの対象とにはならないとするのは二度目となる。始めの決定は、広範な状況を検討した後、2007年に下された。今回の12ヶ月間にわたる調査は2015年10月8日に発表される。報告書と補助的な文書は、http://www.fws.gov/northeast/americaneel/で見ることができる。

(訳者注:あとは省略)

———————————————————————————————-

参考ウェブサイト:

今回の報道資料
FWS
北東部漁業プログラム
ワシントン条約第17回締約国会議に関するパブリックコメントの募集