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シラスウナギ密輸「香港ルート」問題、解決へ向かう

シラスウナギ密輸「香港ルート」問題、解決へ向かう

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. 日本と台湾はウナギの稚魚(シラスウナギ)の輸出を規制している。
  2. 台湾などから輸出規制をかいくぐったシラスウナギが香港へ密輸され、その後香港から日本へ合法的に輸入されている。
  3. 日本と台湾相互の輸出規制の緩和を目指し、日本が先行してシラスウナギの輸出規制を緩和する予定。
  4. 日本と台湾の輸出規制が緩和されることによって、不必要な違法行為が減少し、シラスウナギの国際取引が適切に記録される可能性が高まる。

 

日本におけるシラスウナギ輸出規制緩和
2021年1月13日未明、日本がウナギの稚魚の国際取引規制を緩和するというニュースがNHKより報じられました。食用とされるウナギのほとんどは養殖されたものですが、ウナギの養殖では、海で生まれた天然の稚魚(シラスウナギ)を捕らえて養殖場で育てます(注1)。日本で主に食用とされているニホンウナギ(Anguilla japonica)は個体数が減少を続けており、IUCN(国際自然保護連合)により絶滅危惧種に区分されています(Pike et al. 2020)。

そのような状況の中で、日本はシラスウナギの輸出規制を緩和しました。規制緩和は消費量を増大させ、ニホンウナギの減少に拍車をかける愚行なのでしょうか。

ウナギの子供(シラスウナギ)

  • 注1:この文章では、養殖に用いる小型のウナギを「シラスウナギ」と総称しています。

 

国内ウナギ養殖の実情
日本国内の養殖場で養殖されるシラスウナギは、国内で漁獲されたものと、輸入されたものに分けることができます(注2)。シラスウナギの輸入量と輸出国は、財務省の貿易統計で調べることが可能です。

例えば2019年の日本経済新聞の報道では、調査を行った期間に日本の養殖場が購入したシラスウナギのうち、8割が香港から輸入されていたことが明らかにされています(注3)。記事の中で『関係者は、台湾などから不法に持ち出されたものが「香港産」として日本に入っていると指摘する』と説明されているように、これらのシラスウナギは台湾などから香港へ密輸され、その後香港から日本へ合法的に輸入されたものであると考えられています。NHKのクローズアップ現代+「”白いダイヤ”ウナギ密輸ルートを追え!」では、この「香港ルート」と呼ばれるシラスウナギの取引を詳しく報じています。

密輸が関係していることが強く疑われるシラスウナギを輸入し、養殖場で育てたウナギが市場に幅広く出回っているのが、日本の現状です。なお、これら「グレー」なウナギが蒲焼商、スーパー、生協などで販売される時、違法行為が関わっていないウナギと特別して販売されることはほとんどありません(注4)。

  • 注2:行政用語としては、シラスウナギは「漁獲」ではなく「採捕」するものですが、この文章ではより一般的な「漁獲」という単語を使います。このためシラスウナギを漁獲する方々は「採捕者」ではなく「漁業者」となります。
  • 注3:このシーズンは日本におけるシラスウナギの漁獲量が特に少なかったため、国内の養殖池に入ったシラスウナギのうち、輸入されたシラスウナギが占める割合は例年に比べて高くなっています。
  • 注4:販売者によっては「日本シラスウナギ取扱者協議会」が発行する証明書を取得している、といった、あたかも適法であることが確認されているかのようなメッセージを発している場合がありますが、現在のところ「日本シラスウナギ取扱者協議会」が区別しているのはシラスウナギが国内で漁獲されたものか、または輸入されたものか、というレベルであり、違法行為が関わっていないことを担保するものではありません。

 

規制緩和は絶滅への道を急ぐことなのか
シラスウナギの輸出規制緩和は、何を目指して行われようとしているのでしょうか。上記NHKの報道で水産庁が回答しているように、「実態にそぐわない規制をなくすことで、取り引きの透明化をはか」るのがその目的です。現在、日本と台湾はシラスウナギの輸出を規制しており、この規制をかいくぐって台湾から日本へ、日本から台湾へシラスウナギを輸出しようとするときに、「香港ルート」が利用されます。

日本と台湾がシラスウナギの輸出を規制している理由は、表向きには資源保護かも知れませんが、実際のところは自国に来遊したシラスウナギを囲い込むことにあります。はじめに日本が輸出を規制し、それに対して台湾も規制によって報復したと解釈されています(注5)。輸出が規制されているとはいいながら、実際には香港を経由した密輸ルートが確立され、シーズンによっては、日本の養殖場が購入するシラスウナギの8割程度が「香港ルート」から入手されています。日本と台湾のシラスウナギの輸出規制はもともと資源保護を目的としておらず、実際には「香港ルート」を通じた取引によって形骸化しているのです。輸出規制がある現在の状態でも、日本の養殖場が需要を満たしていることから、この規制が存在する場合としない場合で、日本のシラスウナギ輸入量が大きく変化することはないと考えられます。

それでは日本と台湾のシラスウナギ輸出規制は、存在してもしなくても同じなのかというと、そうではありません。この規制が存在することによって生じる、明確な悪影響があります。まず、これらの規制が存在することによって、密輸などの不法行為が増加します。また、不法な取引は公的機関に報告されることがないので、シラスウナギの国際取引の状況把握が難しくなります。ニホンウナギの不法取引は、野生動物の国際取引を管理するワシントン条約の報告書でも指摘されており、ニホンウナギの保全と持続的利用を妨げる障害のひとつと認識されてきました。

日本と台湾の関係者はこれまでも、輸出規制の撤廃について協議を重ねてきましたが、互いの立場の相違や規制に至った経緯から、話し合いは難航したと聞いています。今回の日本の輸出規制緩和には、先に輸出規制を行った日本が先行して緩和を進めることで、台湾の譲歩を引き出そうという狙いがあります。両者の合意に基づき規制が緩和されることによって、不必要な違法行為が減少し、シラスウナギの国際取引が適切に記録される可能性が高まります。

  • 注5:詳しくは過去の記事をご覧ください。また、アジアにおけるウナギの流通については、TRAFFICレポートに詳しく記載されています。

 

規制緩和後のルールは適切か
日本と台湾のシラスウナギ輸出規制緩和に向けた動きは、ニホンウナギの保全と持続的利用という観点から見た時、歓迎できるものです。しかしながら、規制緩和後のルールは適切に定められているでしょうか。

日本では、輸出規制緩和後には「うなぎの稚魚輸出事前確認証」により、輸出するシラスウナギの管理を行う方針です(注6)。この規則では、シラスウナギを輸出する者は種名と量、輸出者と輸入者の情報を提示して輸出承認を受ける必要があります。現在の貿易統計では輸出入されるウナギの種名までは分類されていませんので、規制緩和の結果、より詳細な情報を収集することができるようになります。また、「うなぎの稚魚輸出事前確認証交付要領(案)」では、輸出されるシラスウナギが「漁業関係法令をはじめ、その他国内規制等に則ったものであること」、「産地及び流通経路が明確であること」などの条件を満たさなければ原則として輸出は承認されないと定められており、輸出されるシラスウナギが適切に漁獲、流通したものであることが担保できる内容となっています。

ただし、これらの規則にはいくつかの問題も認められます。まずひとつは、確認証交付の条件の一つである、シラスウナギの「産地及び流通経路が明確であること」について、別紙様式1として提示されている申請書に、輸出するシラスウナギの産地と流通経路を記載する項目が存在しないことです。現在の交付要領案では、交付の条件を満たしていることを確認するために必要な情報を得ることができません。このことは、確認証の交付条件が軽く扱われている可能性を示唆しています。

もうひとつの問題は、国内の養殖場に入れられたことのあるシラスウナギの場合について、確認証の交付条件から、シラスウナギの「産地及び流通経路が明確であること」の項目が除外されることです(注7)。養殖場からは産地も流通経路もわからない、つまり法に則って適切に漁獲され、流通したことが担保されないシラスウナギを輸出できることになっています(注8)。条件の除外は、「養殖場に入ったのちにシラスウナギの由来を区別することは不可能である」という考え方に基づいていると考えられますが、「わからないから証明しないで良い」という考え方が許されるとすれば、なぜ養殖以前のシラスウナギには「産地及び流通経路が明確であること」が交付条件に加えられているのでしょうか。例えばこの要領に従うと、ウナギ養殖業者によるシラスウナギの輸出は容易になりますが、シラスウナギの中間流通業者(いわゆる「シラス問屋」)による輸出は困難になるでしょう。業種による不公平が生じないよう、産地と流通経路が明確なシラスウナギのみに対して、輸出を承認する規則にするべきです。

違法行為が減少し、国際取引の状況把握が進むことが期待されるため、シラスウナギ輸出規制緩和の動きは、ニホンウナギの保全と持続的利用にとって総合的にはプラスになると考えます。ただし上記のように、運用面については今後も吟味が必要と思われます。新しく始まるルールなので、運用開始後も広く意見を取り入れ、改善を続けていくことが望まれます。また、今回は日本側の動きですが、台湾がどのように対応するのか、同じく規制を緩和する場合どのようなルールを設定するのか、注目されます。

  • 注6:うなぎの稚魚輸出事前確認証に関する規則案についてはこちらのリンクから
  • 注7:「うなぎの稚魚輸出事前確認証交付要領(案)」では、一度養殖場に入ったウナギはシラスウナギではなく「くろこ」と記載されています。
  • 注8:養殖場に入ったことのあるシラスウナギの場合でも、確認証の交付には「漁業関係法令をはじめ、その他国内規制等に則ったものであること」という条件を満たす必要があります。しかしこの条件は、産地および流通経路については、それらが「明確であること」が求められているのに比較して、緩やかな条件と言えます。さらに、「漁業関係法令をはじめ、その他国内規制等に則ったものであること」を記入するための項目も、申請書には存在しません。

 

シラスウナギの問題はこれで解決するのか
今回の規制緩和がうまく進めば、シラスウナギをめぐる不適切な漁獲や流通の問題は解決するでしょうか。実は、シラスウナギに関しては輸出入の他に、国内における漁獲と流通にも多くの問題があります。シーズンによって大きな違いがありますが、日本国内で漁獲されるシラスウナギの数分の1から半分程度が密漁や無報告など、法規則に違反した漁獲と流通を経ていると考えられます(Kaifu 2019)。密漁は許可を得ずにシラスウナギを漁獲する場合、無報告は許可を得た漁業者が漁獲した数量よりも少なく報告する場合で、どちらも都府県の漁業調整規則に違反します。

密漁に関しては、2023年12月より罰金が最高3,000万円に引き上げられ、その効果により減少することが期待されます。残る問題は無報告の漁獲です。無報告の漁獲が横行すれば漁業管理は困難となり、資源の変動を解析するために必要なデータが得られなくなります。

許可を得ている漁業者が、実際の漁獲量よりも少なく報告を行うインセンティブのひとつとして、「販売価格の差」が考えられます。ウナギ養殖が盛んな県の一部には、県内で漁獲したシラスウナギを、指定業者に販売することを義務付ける規則があります。これらの県において、県内のシラスウナギの流通価格は、全国の市場価格よりも低く設定されます。実際に漁業者に聞き取り調査を行った例では、規則通りに正規ルートへ売った場合はキロあたり120万円、裏のルートに売った場合は160万円ということでした(注9)。苦労してシラスウナギを漁獲した漁業者としては、少しでも高く売れるところに売りたいと考えます。規則を破って指定業者以外にシラスウナギを売った場合、その漁獲量は当然報告されません。指定業者以外へ低価格で販売する規則が、シラスウナギ漁獲量の過小報告を促進しているのです。

県内の指定業者へシラスウナギを売ることを義務付ける規則は、日本と台湾の輸出規制とほぼ同じ構図です。来遊してきたシラスウナギを各県が囲い込もうとして販売ルートを縛り、無報告漁獲の増加とデータ不足という結果を招いています。さらに、この仕組みによって、正直に規則を守るシラスウナギ漁業者は、安い値段でシラスウナギを手放さざるを得ません。現在の規則を緩和するか、またはフェアな規則に作り替えることによって、不透明な流通を減少させ、無報告漁獲を減らし、資源解析に必要とされるデータを得られる状況を作り出すことが必要とされています(注10)。

シラスウナギをめぐる状況は、国際取引の正常化、密漁の厳罰化を通じて、少しずつ正常なものに近づきつつあると、半ば期待を込めながら捉えています。残された大きな問題は、国内における不透明な漁獲と流通です。

  • 注9:シラスウナギの値段は正規ルートでも裏ルートでも頻繁に変わります。この例は聞き取りを行った日の状況で、次の日には正規ルートは80万円程度にまで値段が下がったということです。
  • 注10:シラスウナギの適切な漁獲と流通を実現するためには、最近制定された「水産流通適正化法」に基づいて、シラスウナギを特定第一種水産動植物に指定し、漁獲証明制度の対象とすることが有効な手段のひとつと考えられます。

 

ウナギの持続的利用のために今後なすべきこと
今回は、シラスウナギの輸出規制緩和というニュースをテーマとしたため、シラスウナギの漁獲と流通の問題に絞って議論してきました。しかしながら、シラスウナギの漁獲と流通の問題は、ニホンウナギの保全と持続的利用という視点から見た時には、数多くの要素のごく一部に過ぎません。

ニホンウナギの減少要因は、過剰な消費、成育場環境の劣化、海洋環境の変化など、様々な要因が複雑に絡み合っていると考えられています。シラスウナギの問題は、このうち「過剰な消費」に関わるものですが、過剰な消費の問題を解決に導くためには、消費量のコントロールが必要です。養殖に用いるシラスウナギの量をコントロールするために、日本、中国、台湾、韓国が集まって協議をしています。しかし中国が2016年以降参加していないなど、この協議は現在、資源管理のための国際的な枠組みとして機能していません。成育場環境の劣化に対する対応としては、環境省が2014年・2015年と調査を行い、その結果に基づいて「ニホンウナギの生息地保全の考え方」を作成しましたが、その後環境省がウナギに関わったことはほとんどありません。

ニホンウナギの保全と持続的利用というゴールを考えると、道のりは非常に遠いのが現実です。しかしながら日本におけるシラスウナギ輸出規制緩和は、台湾側の対応を待たなければならないという条件があるにせよ、長年の交渉の末に行き着いたひとつの成果と言えます。関係者の方々には、その粘り強い取り組みに敬意を表します。

 

引用文献
Kaifu K (2019) Challenges in assessments of Japanese eel stock. Marine Policy, 102, 1-4
Pike C, Kaifu K, Crook V, Gollock M,  Jacoby D (2020) Anguilla japonica. the IUCN Red List of Threatened Species 2020

 

追記(2021年1月15日)
注5にある「過去の記事」をご覧になった方には、輸出制限の撤廃に対して「賛成できません」と書いた過去の記事の内容との齟齬を感じる場合もあり得ると思い、簡単に説明します。「過去の記事」を書いた時点では、撤廃そのものは必要だが、「輸出制限を撤廃した後にどのような取引規則に移行するのか明らかにされていない」ことから、撤廃の議論を早急に進めることに対して反対する立場でした。すでに方針が示されていることから、撤廃という方針、その後の取引ルールの方針の双方を考慮した上で、「ひとつの成果」と結論づけたのが今回の記事になります。

東アジアのニホンウナギ資源管理は機能せず 強制力のある「ワシントン条約」が必要か

ニホンウナギの保護と管理について話し合うための国際会議が2019年4月18日、19日と日本で開催されました。参加したのは日本のほか台湾、韓国で、中国は5年連続で欠席しています(報道例:「ウナギ国際会議、資源保護の具体策は先送り」日経新聞)。

会議では、養殖に用いるシラスウナギ(ウナギの子ども)の量である、「池入れ量」の上限量について話し合いが行われました。その結果、上限量の見直しは行わず、据え置きとすることが決まったようです。

ニホンウナギの養殖を行なっている主な国と地域である日本、中国、台湾、韓国は、2015年から養殖に用いるシラスウナギの量(以下、「池入れ量」)を制限することに合意しています。池入れ量を制限することによって、ニホンウナギの消費速度を抑制しようという試みです。池入れ量の上限は、4カ国・地域全体で78.8トンと決められました。しかし、例えば2015年漁期(2014年末から2015年中ごろ)の4カ国・地域の実際の池入れ量は全体で37.8トン、2016年漁期では40.8トンと、上限である78.8トンの半分程度しか利用されていません。

「池入れ数量管理」に基づく池入れ上限値と実際の池入れ量

なぜ、「実際に養殖に利用されたシラスウナギの量」が、4カ国・地域で合意した、「養殖に使っても良いシラスウナギの上限」である78.8トンの、半分程度でしかないのでしょうか。それは、現状では78.8トンものシラスウナギを取ることが不可能だからです。実際には取ることができないような、過剰な上限を設定しているこの「合意」が存在していても、存在していなくても、現実の世界で捕獲され、養殖されるシラスウナギの量にほとんど影響はありません。現在のところ、シラスウナギは「取り放題」に近い状況にあるのです。

今回の会議では、この過剰な池入れ量の上限を据え置くことが決定されました。理由としては、中国が参加していないために上限量の変更が難しいこと、上限量を設定するための科学的知見が乏しいことのほか、関係者、特にウナギに関連する産業界が上限量の変更に消極的であることが考えられます(池入れ上限を増大させることは考えにくいため、この場合の「変更」は「削減」と同義です)。

どのような理由があるにせよ、東アジアの日中台韓によるニホンウナギ資源管理の枠組みが、適切に機能していないことは明らかです。地域レベルでの自主的な管理が機能しない場合、世界レベルの強制力のある枠組みが必要、との声が強くなると想像されます。

野生生物の保全と持続的利用に関する「世界レベルの強制力のある枠組み」とは、「ワシントン条約」です。ワシントン条約は、正式名称をConvention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora(絶滅の恐れのある野生生物の種の国際取引に関する条約。略称「CITES」)と言います。その名の通り、国際取引を規制することによって、野生生物を守るための条約です。

ワシントン条約には、国際取引を規制する対象種のリスト、「附属書」が存在します。この附属書は、絶滅のリスクなどに応じてⅠ~Ⅲに分類され、とくに規制が必要とされる生物種がⅠとⅡに掲載されます。附属書Iに掲載されている生物、例えばジャイアントパンダ、オランウータンや多くのクジラ類などについては、一切の商業目的の国際取引が禁止されます。附属書IIに掲載されている生物種、例えばケープペンギン、キングコブラやホホジロザメなどについては、種の存続に悪影響を与えない、持続的な範囲でのみ、商業的な国際取引が認められています。

ウナギの仲間のうち、ヨーロッパと北アフリカに生息するヨーロッパウナギは、すでに附属書IIに掲載され、国際取引が規制されています。ニホンウナギがワシントン条約によって規制されることがるとすれば、ヨーロッパウナギと同じ附属書IIへの記載となるでしょう。

日本では誤解されている場合も多いのですが、ワシントン条約は、懲罰的な目的を持って国際取引を禁止するのではなく、持続可能な限度を超えた野生生物の取引を規制するものです。特に附属書IIに掲載された生物種は、持続可能な範囲であれば国際的な取引は可能です。このため、野生生物を持続的に利用するのであれば、世界中のあらゆる生物種を附属書IIに掲載し、持続可能な範囲でのみ利用した方が良い、との論理でさえ成り立ちます。ワシントン条約の、特に附属書IIへの掲載は、回避すべきことではなく、むしろ野生生物資源の持続的利用につながる可能性があるのです。

ニホンウナギについては、このまま、東アジアにおける自主的な資源管理が機能不全に陥っている状況が続けば、ワシントン条約による管理を求める声は当然強くなるでしょう。

著者としては、より細やかな管理が可能であることから、東アジアによる自主的な資源管理が適切に進むことを望みます。しかし、実際の漁獲量に対して著しく過剰な池入れ量上限が6年連続で維持されるなど、自主的管理が機能していない状況が継続するのであれば、ワシントン条約による規制もやむを得ない、と考えています。

<今回の会議に関する一部のマスコミの報道に関して>
最後に、4月18日、19日に開催された国際会議をめぐる報道において、著者のコメントが捻じ曲げられて伝えられていたことについて、言及します。4月18日放映のTBSの Nスタで、著者が『今回の会議の失敗点は中国の不参加と上限を減らさなかったこと』とコメントしたと報道されていますが、全くの誤りです。電話取材においては、「失敗」という言葉は使わないように複数回にわたって念を押しました。会議の運営においては様々な事情があり、一概に「失敗」とは言えないこと、また、会議の初日であることがその理由です。中国の不参加、および池入れ上限の据え置きに関して、重要な課題であると取材に回答していますが、「失敗」であるとは発言していません。それどころか前述のように、「失敗」と表現しないように、取材中にお願いしています。
TBSのNスタ作成陣には今後、誠実な取材を心がけていただきたいと考えています。

2019年4月19日 海部健三

「ウナギ問題」を整理する

「ウナギ問題」を整理する

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

2018年7月20日は土用の丑の日でした。今年は8月1日にもう一度丑の日があり、この日は「二の丑」と呼ばれます。2018年はシラスウナギ来遊が遅れ、全体量も少なかったこともあり、ウナギに関する報道が多く、その多くに問題意識の変化が見られるように感じます。

この機会に「ウナギ問題」を整理しようと思い立ちましたが、すでに年初に10回の連続記事として整理していたことを思い出し、それらの記事をまとめました。

<2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について>
【序】「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(2018年1月22日公開)
【その1】ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(2018年1月29日公開)
【その2】喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(2018年2月5日公開)
【その3】生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2018年2月12日公開)
【その4】ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2018年2月19日公開)
【その5】より効果的なウナギの放流とは(2018年2月26日公開)
【その6】新しいシラスウナギ流通(2018年3月5日公開)
【その7】行政と政治の責任(2018年3月19日公開)
【その8】ウナギに関わる業者と消費者の責任(2018年3月26日公開)
【その9】まとめ 研究者の責任(2018年4月2日公開)

いずれもある程度の長文です。より短時間で全体像を把握したい方は、昨年の丑の日に合わせて公開した「ウナギレポート」をご覧ください。

ニホンウナギで初めて天然遡上個体の減少を特定した論文が公開されました

ニホンウナギで初めて天然遡上個体の減少を特定した論文が公開されました

内容:中央大学を含む研究グループは、以下の論文を発表しました。この論文では、岡山県におけるケーススタディとして、ニホンウナギの天然遡上個体の減少を世界で初めて特定しています。また、近年開発された、ウナギの天然遡上個体と放流個体を判別する手法を河川及び沿岸域で捕獲された個体に応用した、初の事例でもあります。

ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されていますが、その資源動態を推測した論文はこれまで1報しか存在せず、その論文では1990年以降1歳以上のニホンウナギは増加していると結論づけています。しかし、当該論文は、古くからウナギの放流が行われてきた日本の河川や湖沼の漁獲データに基づいており、放流個体の影響が考えられます。

そこで本研究では、最近開発された耳石安定同位体比を利用した手法を用いて天然遡上個体と放流個体を判別し、天然遡上個体の優占する水域における資源量の動態を推測しました。天然/放流の判別の結果、放流が行われている淡水域で捕獲された161個体のうち、98.1%が放流個体と判別されました。一方、放流が行われていない沿岸域で捕獲された128個体のうち82.8%が天然遡上個体と判別されました。天然遡上個体が優占する沿岸域における2003年から2016年までのはえ縄及び定置網のCPUE(単位努力量あたりの漁獲量、個体数密度の指標)は有意に減少しており、この水域における天然遡上個体が現在、減少していることが示されました。

岡山県の淡水域に生息する天然のニホンウナギは極めて少なく、しかも、天然遡上個体が多く存在する沿岸域の個体数密度指数も減少しています。全体的にみると、岡山県に生息する天然遡上のニホンウナギは、著しく減少したと結論づけられます。ニホンウナギは単一の産卵集団により構成されているため、この地域の資源動態が、個体群全体の動態を反映している可能性、つまり、ニホンウナギ個体群全体が減少を続けている可能性も考えられます。

論文タイトル:Depletion of naturally recruited wild Japanese eels in Okayama, Japan, revealed by otolith stable isotope ratios and abundance indices(岡山県の天然個体の優占する水域におけるニホンウナギ資源の減少)

著者:海部健三(中央大学法学部)、横内一樹(水産研究・教育機構中央水産研究所)、樋口富彦(東京大学大気海洋研究所)、板倉光(メリーランド大学環境科学センター)、白井厚太郎(東京大学大気海洋研究所)

掲載誌:Fisheries Science

連絡:論文のpdfファイルなどのご要望は、こちらのページにある「連絡フォームはこちら」からメールを送ってください。直接海部に届きます。

プレスリリース:中央大学からのプレスリリースはこちらのリンクから。

イオンのウナギ取り扱い方針について

イオンのウナギ取り扱い方針について

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

2018年6月18日、イオン株式会社がウナギの取り扱い方針を発表しました。この方針には、二つのの画期的な要素があります。一つは、ニホンウナギのトレーサビリティの重要性について、大手小売業が初めて公に言及したこと、もう一つは、世界に先駆けてウナギの持続的利用のモデルを開発しようとすることです。

イオンのウナギ取り扱い方針http://www.aeon.info/news/2018_1/pdf/180618R_1.pdf

これまでの状況
「ウナギの資源回復」をうたい自ら取り組みを行うか、または取り組みに対して資金を提供している小売業者や生活協同組合は複数あります。それらの業者が関与する取り組は通常、石倉カゴなどの成育場回復、放流、完全養殖への資金提供であり、業者が利益を上げている流通や消費そのものを対象としているものは、私の知る限りごく最近まで存在しませんでした(石倉カゴ放流完全養殖に関する課題については、それぞれ過去の記事を参照のこと)。ウナギの消費に関わる小売業者や生協であれば、環境問題や放流ではなく、ウナギの消費そのものに関わる問題と向き合うべきです。「ウナギの消費そのものに関わる問題」のうち、最重要の課題はシラスウナギのトレーサビリティと、資源管理です。

国内で養殖されているニホンウナギの半分程度に、密漁や密売などの違法行為が関わっています(詳しくは過去の記事を参照)。グリーンピースの行ったアンケートが明らかにしたように、小売業者や生協はこの問題を認識しながらもニホンウナギを販売しています。違法行為が関わっていることを知りながらも商品を販売する行為は、消費者に対する背信です。さらに、違法行為の問題には触れずに環境回復や放流の取り組みを行って、それを「ウナギ資源の回復に対する貢献」としてアピールしている場合があるとすれば、そのような行為は「グリーンウォッシュ」として非難されるべきでしょう。なお、「グリーンウォッシュ」とは、企業の経済活動全体としては環境に負荷を与えているにも関わらず、一部の取り組みを取り上げて、あたかも環境を保全しているかのように見せる、詐欺的な行為です。

資源管理について、現在日本、中国、韓国、台湾が設定しているニホンウナギの消費上限量は過剰であり、早急に適切な上限へと移行させる必要があります(詳細は過去の記事を参照)。これは、国がリーダーシップをとって進めるべきことですので、単一の企業や組織が対応するには限界があります。しかし、その問題を指摘し、改善を求めることは、ウナギを扱う小売業者や生協の責任でもあるのではないでしょうか。

トレーサビリティへのコミットメント
イオンの取り扱い方針では、『2023年までに100%トレースできるウナギの販売を目指します』としています。ニホンウナギについては、どのように『100%とレースできるウナギ』を確保するのか、また、トレース可能であることをどのように検証するのか、超えなければならないハードルは高く、数も多い状況です。しかし、期限を切ってトレーサビリティを確立するとのコミットメントを発表した小売業者または生協は、私の知る限りこれまで存在しませんでした。大手小売業者からこのような宣言がなされたことにより、違法行為の横行しているニホンウナギの業界が、変革されていくことが期待されます。

ウナギ持続的利用のモデル
取り扱い方針ではこの他に、『「インドネシアウナギ」の持続可能性を担保するため「インドネシアウナギ保全プロジェクト」を推進します』としています。具体的な中身について、取り扱い方針ではビカーラ種(取り扱い方針では「インドネシアウナギ」と表記)を対象として、『ウナギでは世界初となるFIP(漁業改善プロジェクト)をインドネシアで本格的に開始し、シラスウナギ採捕の「MSC認証」取得を目指します』としています。MSC(海洋管理協議会)は、国際的に認められている持続可能な漁業に対する認証制度(エコラベル)です。MSC認証を取得すれば、国際的な信用を得ている第三者機関によって、持続可能な資源管理が行われていることが担保されることになります。

これまで、岡山県のエーゼロ株式会社が類似の認証制度であるASC(水産養殖管理協議会)の予備審査を受けた事例がありますが(過去の記事)、本格的にMSCを目指してFIPを開始することになれば、世界でも初めての事例となるでしょう。持続可能であることが第三者機関によって証明されたウナギの養殖は、世界に一つも存在しません。現在、ニホンウナギだけでなく、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギも減少し、IUCN(国際自然保護連合)によって絶滅危惧種に指定されています。イオンの取り組みは、持続可能なウナギ養殖のモデルを世界に先駆けて示すことにより、ウナギの持続的利用を世界に広げるきっかけとなることが期待されます。この取り組みが成功したのちには、同様の手法を日本にも取り入れ、ニホンウナギの持続的利用を促進することも、可能になるでしょう。

ビカーラ種はその広大な分布域に対して、消費量は現在のところ限定的と考えられます。このため、持続的に利用できる可能性があります。しかし、現在その資源を管理できるルールは定められていないため、ビカーラ種に対する需要が拡大することで、ニホンウナギと同じように資源が減少する危険性があります。世界のウナギを消費してきた日本は、ウナギの持続的利用に関して、大きな責任を負っています。この取り組みは、この責任の一端を果たす、非常に重要なものです。このような重要な責任は、単一の企業のみが負うべきものではありません。行政やウナギに関する業界だけでなく、消費者の方々に応援していただくことによって、日本全体でウナギに対する責任を果たしていくことが望まれます。

消費者にできること
ウナギ消費の問題に正面から取り組もうとする、イオンやエーゼロのような企業を、消費者は購買行動によって応援することができます。重要な問題から目を背け、グリーンウォッシュを続ける企業ではなく、より適切な取り組みを行う企業の商品を選択することによって、消費者がウナギの持続的利用を促進できるのです。鰻の持続的利用に興味のある方がウナギを消費するときには、それぞれの小売業者や生協がどのような取り組みを行なっているのか調べた上で、最も適切と思われる取り組みを進めているところの商品を選択するようにしましょう。

当研究室の立場について
「インドネシアウナギ保全プロジェクト」には、中央大学ウナギ保全研究ユニットも参画しています。ただし、イオンを含むこのプロジェクトに参画する企業から、研究費や謝金を含む金銭的な援助は一切受けていません。現在は、中央大学の「共同研究プロジェクト」という仕組みの中で、学内の研究予算を充当しています。今後も、大学や研究費の助成を行なう財団などから資金を調達し、プロジェクトに参画し続ける予定です。

Forbes Japan事実誤認記事の顛末

Forbes Japan事実誤認記事の顛末

中央大学 海部健三

2018年3月18日、M.I.氏が Forbes Japanに『「土用の丑の日」の影に潜むブラックウナギ問題』を公開しました。この記事に看過しがたい事実誤認が複数含まれていたため、筆者(海部)は3月20日、Forbes Japan編集部に対し、内容の確認および対処について、問い合わせフォームより質問を送りました。質問の内容は、過去の記事に記してあります。

4月17日、編集部より、以下の回答をいただきました(URLを除く下線部は筆者(海部)が修正)。

海部さま
お世話になります。
記事の件でご連絡いたします。
筆者M.I.氏から海部氏の質問に対する解説をうかがい、そのうえで必要と思われる点は一部記事を訂正・追記しました。
以下に反映しております。
https://forbesjapan.com/articles/detail/20146
改めまして、この度はご意見ありがとうございました。

今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

質問を受けて記事を訂正・追記したということは、M.I.氏およびForbes Japanは、筆者(海部)が指摘した事実誤認について、一部でも認めたということになります。メディアが自らの記事に誤りを認めた場合、訂正記事を公開するのが通常の対応と思われますが、しかし、I.M.氏およびForbes Japanは、当該記事の誤っている部分を、事実に反しないように訂正・追記してしまいました。なお、修正後も記事の公開日は初出の3月18日11:00のままで、記事が訂正・追記されたことは、現在(2018年4月19日13:00)のところ、示されていません。

現在の記事は、3月20日以降に大幅な訂正・追記が行われたものであるにも関わらず、3月18日に公開したと記され、修正履歴も、訂正・追記が行われた事実も示されていません。実際とは異なる公開日を記すことは、虚偽に相当するのではないでしょうか。もしも、「記事の大枠は3月18日に発表したものであり、訂正・追記は軽微であるから、公開日を変更したり、修正履歴を開示する必要はない」と考えているとすれば、M.I.氏およびForbes Japanは、執筆者およびメディアとして、重大な倫理的欠陥を抱えていると言わざるを得ません。今回の訂正・追記は決して、誤字脱字の修正のような、「軽微」なものではありません。記事の結論を導くための基礎となる数値データに決定的な事実誤認があり、それらに対して訂正・追記が行われたのです* ***

修正履歴を残さずに、元の記事の訂正・追記を行ったことについて、筆者(海部)はM.I.氏とForbes Japanに抗議しました。M.I.氏からは、以下のような回答をいただきました。

フォーブス編集部の対応の仕方はフォーブス編集部が決定します、私ではありません**。 私から編集部には4月1日に海部さんのご質問5点に対する一つ一つの回答、解説、訂正、出典を提出しています。 編集部が対応を判断したものです。私の意見ではありません。

M.I.氏は「Official Columnist」として、Forbes Japanに署名を載せた記事(コラム)を公開しています。そのような立場にあるM.I.氏は、自身の書いた記事に一切の責任を追うべきです。自身の書いた記事の誤りをForbes Japanの読者に伝えずに、その決定を『私の意見ではありません』とするM.I.氏は、執筆者としての責任を完全に放棄しています。

現在、政治は森友学園に関係する公文書改ざんの問題で大きく揺れています。今回のForbes Japanのウナギ記事の問題と公文書改ざん問題は、文書製作者と管理者が、都合の悪い文章を、修正履歴を開示せずに修正したという点で共通しています。公文書を扱う公務員や政治家だけでなく、情報を伝えるメディア、文章を執筆する人間の倫理が、強く問われます。

<注釈>
* 残念ながら、元の記事を保存していなかったため、訂正・追記内容の比較はできません。まさか、このような対応がなされるとは、想像もできませんでした。我ながら、甘い対応であったことを反省しています。当該記事(元の記事)の事実誤認の具体的な内容については、当ブログの過去の記事をご覧ください。
** 原文ママ。
*** 以下のリンクから元の記事が見られます。現在の記事と比較してください(公開後、2018年4月19日13:37に追記)。リンク先右上の「人気記事」の「もっと見る」をクリックし、移動先で『「土用の丑の日」の影に潜むブラックウナギ問題』を探してください。
元の記事
修正後の記事

日本初 持続的なウナギ養殖を目指す  岡山県西粟倉村エーゼロ株式会社の挑戦

日本初 持続的なウナギ養殖を目指す
岡山県西粟倉村エーゼロ株式会社の挑戦

2018年4月2日は、ニホンウナギにとって記念すべき日となりました。この日ついに、客観的な指標に基づいて、持続的なニホンウナギの養殖に取り組むことを、ある企業が発表したのです。

持続的なウナギ養殖を目指すのは、岡山県北部の西粟倉村にあるエーゼロ株式会社です。エーゼロ株式会社は、持続的な水産養殖の認証制度を運営する水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council, ASC)の基準に従い、近々認証機関による審査を受けることを予定しています。ASCの審査によってギャップ(解決すべき課題)を明らかにし、「持続的なニホンウナギの養殖」という、遠い遠いゴールへの到達度合いを確認しながら対策を進めます。国際的に認められているASCの基準に基づいてゴールを設定し、審査を通じて現状を確認しながら状況を改善することで、確実にゴールに近づくことができます。ASCのような客観的な指標に基づく取り組みは、ニホンウナギでは初、世界でも稀有な例でしょう。

エーゼロ株式会社は、「人や自然の本来の価値を引き出し 地域の経済循環を育てていく」ことを掲げるベンチャー企業です。代表の牧さんは、森林管理協議会(Forest Stewardship Council, FSC)の認証を受けた、持続可能な林業に基づく地域おこしを西粟倉村で推進した方々の一人です。ウナギを通じて持続可能な資源利用、地域の循環経済がどのように進められるのか、注目されます。

今回の取り組みは、ニホンウナギの養殖や流通の世界から見れば、あまりにも規模の小さなものですが、その重要性は非常に大きなものです。これまで客観的な基準に基づいて、ニホンウナギ養殖の持続可能性やトレーサビリティに挑戦する企業はありませんでした。このため、消費者は持続不可能で違法性の疑われる商品しか選択することができなかったのです。今回のエーゼロの取り組みの公表は、消費者が商品選択を通じて、持続可能なウナギの養殖を応援できる、新しい時代の到来を告げるものです。今後、このような取り組みが広がっていくことを願います。

エーゼロ株式会社のウェブサイト
https://www.a-zero.co.jp

以下、エーゼロ株式会社のプレスリリースに対して公開したコメントです。エーゼロ株式会社が行うウナギ放流調査にも言及しています。当初リリースは4月3日の予定でしたが、途中で2日に変更になったため、あらかじめ4月3日付で準備していたコメントが前日に発表されることになってしまいました。
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ニホンウナギの持続的利用を目指す取り組み『西粟倉から世界へ〜人と二ホンウナギの持続可能な関係づくりを目指す』に関するコメント

2018年4月3日
海部健三

ニホンウナギの現状
国内の河川や湖沼におけるニホンウナギの漁獲量は、1960年代には3,000トンを超える年もあったが、2015年には68トンにまで減少している。このような状況を受け、2013年2月には環境省が、2014年6月には国際自然保護連合(IUCN)が、相次いで本種を絶滅危惧種に区分したことを発表した。

ニホンウナギは、天然の、再生可能な資源であり、再生産速度を超えて利用されれば、資源量は減少する。ニホンウナギを持続的に利用するためには、利用速度を低減させ、再生産速度を増大させる必要がある。ウナギの場合、利用速度の低減は、漁獲量の削減によって実現できる。また、再生産速度の増大は、生息環境の回復を通じて実現することが可能である。

利用速度については現在、日本、中国、韓国、台湾の4カ国・地域で、養殖に用いるウナギ稚魚の量を制限している。しかし、その上限量は78.7トンと、2016年漁期における実際の漁獲量40.8トンの倍近くで、実質的には取り放題に近い状態にある。河川や沿岸域などウナギが生息する環境の回復については、堰やダムなどによる遡上の阻害を解消し、生息可能な水域面積を拡大することの重要性が、環境省と水産庁の調査で明らかにされている。にもかかわらず実際には、「石倉カゴ」と呼ばれる器具の設置など、科学的根拠に乏しく、優先順位の低い対策が行われている。加えて、国内で養殖に用いられているウナギの稚魚のうち、半分以上が違法行為を通じて流通している。ニホンウナギをめぐる状況は、末期的と言わざるを得ない。

エーゼロの取り組みの意義
このような困難な状況の中、エーゼロ株式会社(以下「エーゼロ」)が「持続的なニホンウナギの養殖」を目指し、行動を開始することを歓迎する。エーゼロの取り組みの最大の特徴は、水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council, ASC)の考え方を基礎に置くことにある。ASCは国際的な水産養殖の認証制度で、その基準は資源の持続的利用にとどまらず、法令遵守、養殖場の立地する環境への配慮、不当労働行為の防止、地域への貢献など、多岐に渡る。数多く存在する認証制度の中でも基準が厳しく、したがって信頼性の高い制度である。

モニタリングや「石倉カゴ」の設置、放流など何らかの取り組みを行うことによって、ウナギの持続的利用に貢献しているかのようにアピールしている組織や企業は数多く存在する。しかし、ASCのような、客観的で明確な基準に照らし合わせて持続性を担保しようとする動きは非常に珍しい。ニホンウナギでは、私の知る限り世界で初めての例である。

残念なことに、ニホンウナギの資源状態を考えたとき、ASC認証を取得することは困難だろう。しかし、ASCの基準に基づいてギャップ解析を行えば、解決すべき課題を明確にすることができる。それら明確にされた課題に取り組むことによって、「持続可能なニホンウナギ養殖のモデル」、つまり、他の多くの養殖業者が同じようにニホンウナギの養殖を行えば、ニホンウナギの持続的利用が可能になるような雛形を作り上げることが、可能になるはずだ。ASCの考え方に基礎をおいたエーゼロの取り組みは、「持続可能なニホンウナギ養殖のモデル」の開発を通じて、誰もが不可能と考えてきた、ニホンウナギの持続的利用を実現させる可能性がある。

放流手法の開発試験について
ニホンウナギ資源の増殖を目的として、日本の河川や湖では大量のウナギが放流されている。しかし、ウナギ放流の資源量回復に対する効果は未だ明確にされておらず、国際海洋探査機構(ICES)のウナギ放流作業部会は、『放流による総合的な利益を評価するための知見は、限りなく弱い』と報告している。効果が不明確なだけでなく、ウナギの放流は、外来種の侵入、病原体の拡散、性比の撹乱、低成長個体の選抜などを通じて、ウナギ個体群に悪影響を与える可能性も想定される。

一方、ウナギの放流に関する研究が進んでいるヨーロッパウナギでは最近、3g程度以下の個体の生残率と成長率が高いと報告されている。日本のウナギ放流では一般的に、10gよりも大きい個体、場合によっては200g程度の食用のサイズの個体も放流されている。放流個体のサイズの大きさが、日本のウナギ放流における問題点の一つである可能性が高い。

エーゼロの放流調査では、短期間のみ飼育を行った3g程度以下の個体の放流を行い、その成長と生残を追跡する。3g程度以下の小さな個体は、放流後の高い生残と成長が期待されるだけでなく、飼育期間が短いため、病原体のキャリアとなるリスクが低い。また、このサイズは性決定以前であり、性比の偏りも生じにくい。さらに今回は、体サイズによる選抜を行わず無作為で半数の個体を放流用に用いるため、低成長個体が選択的に自然界に放されることもない。

小さなウナギの放流実験が必要であることは明らかであったが、放流用の小型ウナギは高価で入手が難しく、これまでニホンウナギでは実験が行われていなかった。今回、エーゼロが入手したシラスウナギの半数を放流に用いるよう判断したことから、ニホンウナギでは世界で初めて、3gという小型の個体の標識放流調査を行うことが可能になった。

なお、3g程度以下の個体の放流実験の比較対象として、地元の漁業協同組合が放流用に購入する、比較的大型(10-30g程度)の個体も同一の調査水域に放流し、追跡する。また、水産庁が2016年より行っている「効果的な放流手法検討事業」(中央大学が標識放流調査を担当)と同じ調査手法を用いることにより、互いの結果を比較可能にする。放流後のウナギの生残・成長の状況を把握し、従来型の放流と比較することによって、ウナギ資源の増大に資する、適切な放流手法の検討が可能になると期待される。

ただし、放流はそれ自体が人為的な自然環境の操作であり、既存のニホンウナギ個体群や生態系に悪影響を生じさせる可能性がある。このため、放流せずにニホンウナギを持続的に利用することが可能になった場合は、放流は中止すべきである。放流それ自体が目的となるべきではなく、あくまで選択し得る手段の一つであることに、留意が必要である。

利益相反の可能性について
私は国際自然保護連合(IUCN)における、種の保存委員会(SSC)ウナギ属専門家グループ(AESG)の、アジア圏で唯一のメンバーとして、ニホンウナギを含むウナギ属魚類の絶滅リスク評価に関わっている。当然、評価に関して中立の立場を堅持する必要があるが、その一方で、ニホンウナギを商材として扱うエーゼロにとっては、IUCNレッドリストにおける本種のカテゴリーが、組織の利害に関係する可能性がある。エーゼロと私の職務には利益相反が成立する場合が想定されるため、中央大学法学部海部研究室および中央大学ウナギ保全研究ユニット、またはそこに所属する個人は、エーゼロから報酬、謝金、旅費、機材・消耗品の購入費など、一切の金銭的な支援を受けていない。また、今後も受けない。調査や打ち合わせについて、中央大学が必要とする費用は、中央大学法学部海部研究室および中央大学ウナギ保全研究ユニットが負担する。

 

海部健三
中央大学法学部 准教授
中央大学ウナギ保全研究ユニット ユニット長
国際自然保護連合(IUCN)種の保存委員会 ウナギ属魚類専門家グループ
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2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について   その9 まとめ 研究者の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その9 まとめ 研究者の責任

要約

  1. 特定の分野については、日本はウナギの研究で世界をリードしている。しかし、持続的利用に直結する研究では、大幅に遅れをとっている。
  2. ニホンウナギに関する研究は基礎研究に偏り、適切な応用研究が進められていなかったことが、その理由。
  3. 「ニホンウナギの持続的利用」そのものを明確な目的に設定した、適切な応用研究を押し進めることが必要。
  4. 研究者、特に大学所属の研究者には、政治的、経済的に独立した立場より、科学的知見と信念に基づいて、必要と考える対策を提案する責任がある。

日本におけるウナギ研究の現状
3月末をもって、2018年漁期のシラスウナギの採捕はおよそ終了しました。業界紙である日本養殖新聞の調べでは、東アジアの総漁獲量は11.0トンと、史上最低の漁獲量を記録しました(日本養殖新聞2018年3月25日)(水産庁によれば2016年漁期の漁獲量は40.8トン、2017年漁期は50.5トン以上)。商業目的の採捕は終了しましたが、漁期終盤に入ってから採捕量は好転しました。シラスウナギ来遊量の動態を見極めるために、4月以降も科学的なモニタリングとしての採捕調査は継続する必要があります。

今後のシラスウナギの来遊状況は不明ですが、今回の漁期では、資源管理の為に「ここまで漁獲しても良い」とされている池入れの上限値78.8トンに対して、わずか14%しか採捕することができませんでした。このような危機的状況にありながら、ニホンウナギについては、資源管理も、生息環境の回復も進んでいません(資源管理については第2回、生息環境については第3回の記事を参照)。その理由の一つに、ニホンウナギの資源管理や生息環境の回復に関する科学的な知見が不足していることが挙げられます。例えば、資源管理に不可欠な個体群動態に関する論文は、私の知る限りTanaka(2014)の一報のみです。その結論は現場の感覚からは大きく乖離しており、この論文を基礎に資源管理を進めていこう、という合意形成が成立する状況にはありません(詳細は過去の記事を参照)。

最近になってようやく、環境省や水産庁の調査事業として、個体群動態の把握や生息環境の回復を目的とした研究が進められるようになりましたが、「いまさら」という批判は免れようがありません。2016年10月末に開催された「うなぎ未来会議2016」のシンポジウムでは、2日間にわたって専門家による会議を傍聴した高校生が、「絶滅しかけているというときになって、今更データがないないと騒ぎだしているのは、何かちょっとおかしな話しです」と発言しました。まさに、この言葉通りの状況ではないでしょうか。

産卵場探索や仔魚の輸送メカニズム、ウナギ属魚類の進化プロセスなど、特定の分野については、日本はウナギの研究で世界をリードしています。しかし、個体群動態の解析や環境改善手法の開発、放流効果の検証といった、持続的利用に直結する研究では、大幅に遅れをとっているのが現実です。なお、完全養殖に関する研究については、日本は世界に先んじていますが、過去の記事で説明したように、現状では、完全養殖(人工種苗生産技術)技術の開発が、天然のニホンウナギの持続的利用に直結するとは言いがたい状況ですので、今回の議論からは除外します。

基礎研究と応用研究
なぜ日本では、ニホンウナギの研究が盛んであるにもかかわらず、持続的利用に直接結びつくような研究が進んでこなかったのでしょうか。その答えは、基礎研究と応用研究の違いを明確にすることによって、見えてきます。基礎研究とは、すぐに応用には結びつかない基礎的な知見を積み上げるための研究、応用研究とは、ウナギの持続的な利用の実現といった、経済的な価値に結びつくような研究を指します。

基礎研究と応用研究の根本的な相違は、目的にあります。基礎研究は好奇心に基づく研究(Curiosity-driven research)であり、研究者が自らの知的好奇心によって研究対象を選択します。これに対して、応用研究は使命志向の研究(mission-oriented research)であり、社会への経済的価値の還元を目的としています。このため応用研究が対象とする研究領域は、研究者の好奇心ではなく、社会の要請によって決定します。例えばウナギの研究を例に取ると、生命の謎を解き明かすという、知的好奇心に基づいてウナギの進化に関する研究を行う場合は基礎研究、ウナギの生息環境を改善するという社会的要請に応えることを目的として、ダムによるウナギの移動の阻害について研究を行う場合は、応用研究となります。確認のため、もう一つずつ例を考えてみましょう。基礎研究と応用研究の根本的な相違は目的であり、研究内容ではありません。このため例えば、あるウナギの種について、遺伝的に異なるグループの構造(集団構造)を調べる研究した場合でも、知的好奇心に基づいてウナギの進化を解明することを目的としていれば基礎研究であり、社会的な要請である資源管理を実現するため、管理の単位を明らかにすることを目的としていれば、応用研究と言えます。

日本において、ウナギの研究が盛んであるにもかかわらず、持続的利用に直結するような研究が遅れていたのは、日本のウナギ研究のほとんどが、研究者の知的好奇心を満たすことを目的とした基礎研究であったためです。人間の知見を広げるためにも、応用の基盤とするためにも、基礎研究が重要であることは自明です。しかし、ニホンウナギに関する研究が基礎研究に偏り、応用研究が適切に進んでいない場合、持続的利用の実現は当然、促進されません。

応用研究を装った基礎研究の弊害
1980年代から1990年代にかけて、科学が実社会に利益をもたらすプロセスの説明として、線形モデルまたはリニア・イノベーション・モデルと呼ばれる考え方が注目を集めました。科学における線形モデルとは、基礎研究(Basic research)に始まり、応用研究(applied research)、開発(development)を経て、最終的には生産と拡散(production & diffusion)を通じて経済的価値が社会に還元される、という考え方です(Godin 2006)。しかし、基礎研究から経済的価値の還元までを直線的な関係として想定したこのモデルは、現在では批判的に論じられています(例えばKline & Rosenberg 1986; Godin 2006など)。

さまざまな応用研究や技術開発が基礎研究の結果に基づいていることは厳然たる事実です。しかし、基礎研究全体を見渡した時、その成果が社会の経済的利益として結実する例は限られており、基礎研究を重ねていけば、いつかその結果が社会に経済的価値として還元される、という説明は適切ではありません。基礎研究と応用研究では、根本にある目的が全く異なっており、そもそも基礎研究は、研究結果を経済的な価値として結実させることを、その目的としていないのです。

それにも関わらず、現在でも社会に対する説明のしやすさを理由に、線形モデルが研究者の中に生き残っているとする見方があります。2001年に行われた「線形モデルの終焉について」と題した講演において、当時日経BP編集委員の西村吉雄氏は、『ほんとうは研究だけしたい研究者が、産業だの経済だのにちっとも興味がないくせに、「基礎→応用、あるいは研究→開発→生産→販売、としてやがて金儲けの種になるんだ」、あるいは「科学→技術→産業という、この矢印の方向で産業を発展させるためには、科学をちゃんとしなきゃいけないんだ」ということを、その研究予算の請求書の冒頭に書くわけですね。とにかく基礎研究をしたい人が予算を獲得するのに非常に好都合だった。』と述べています。

公には「保全」や「持続的利用」を口にしながら、裏に回ると「保全は片手間」「我々は楽しくウナギの研究ができればそれで良い」などと発言するウナギの研究者は数多く存在します。むしろ、大多数を占めるといっても良いかもしれません。これらの研究者の方々は、好奇心を満たす基礎研究として、ウナギを対象にしているのだと考えられます。しかし、予算獲得のための申請書では、「ウナギの持続的利用を実現する」という応用研究としての目的を設定することによって、研究予算の獲得は容易になります。この傾向は、国や施設財団の研究資金を獲得するときにも見られますが、ウナギに関わる業界から研究資金を得る場合は、尚更強くなります。このため、「ウナギの保全」「ウナギの持続的利用」といった応用研究の看板を掲げながら、内実では基礎研究を進める例が数多く見られます。

私が専門とする保全生態学は、応用研究を行う学問分野です。このため、私は応用研究の立場にあるわけですが、ウナギの基礎研究を行うことに対して決して反対ではなく、むしろ賛成です。基礎的な知見は応用研究で活用することができますし、何より生命の謎が解き明かされ、人間が世界の仕組みを理解していくことは、非常に重要であると考えているためです。しかし、現在の日本の科学政策では、基礎研究が軽視され、経済的価値に直結する研究ばかりが偏重されています。このため、西村吉雄氏が指摘したように、基礎研究を行う研究者が、応用研究の「振り」をせざるを得ない状況になっているのです。この状況は、基礎研究を行なっている研究者にとって、不幸なことです。そして、当然応用研究に対しても悪影響があります。応用研究に分配されるべきリソースが、応用研究を標榜した基礎研究へ分配されることによって、適切な応用研究の促進が阻害される可能性があるためです。

日本において、科学をめぐる状況に問題があることは明らかです。しかし、ニホンウナギの持続的利用を実現するためには、現在のまま応用研究を標榜した基礎研究ばかりを継続するわけにはいきません。「ニホンウナギの持続的利用」そのものを明確な目的に設定した、適切な応用研究を押し進めることが必要とされています。

研究者の責任
ウナギの持続的利用を実現するにあたって、研究者が果たすべき役割は大きく二つあります。一つは、研究を進めること、もう一つは、研究で得られた知見を元に、対策を提言することです。

研究については、これまで述べてきたように、「ウナギの持続的利用」を目的として設定した、適切な応用研究を促進することが重要になります。研究を進めるにあたっては、研究課題の重要度を考慮し、限られたリソース(予算、時間、人員)を適切に配分する必要があるでしょう。研究によって得られると予測される結果から、どのような対策を社会に実装するのかについて考え、議論しながら進めていくことが重要です。

もう一つの重要な役割は、研究で得られた知見に基づき、持続的利用を実現するための対策を提案することです。このとき、研究者は中立の立場から、科学的に「正しい」知見を伝えるべきでしょうか。私は、そのようには考えていません。過去の記事で書いたように、研究者であっても、それぞれの理念は異なり、利害関係もあります。このため、どのような場合であっても、完全に中立な立場はあり得ません。

研究者にとって重要なことは、独立している、ということです。期限なしで雇用されている、つまり、定年までの雇用がある程度保証されている研究者は、ウナギが増えても減っても、ウナギの値段が高くなっても安くなっても、支給される給与にほとんど影響はありません。ウナギをめぐる関係者、特にウナギで生業を立てている方々について考えると、ウナギの状況は収入の多寡に直結します。これに対して、研究者の収入は、ウナギの状況とは独立しています(期限付き雇用の研究者の場合、ウナギの調査研究に関する予算が削減されると職を失う可能性がありますので、この議論からは除外して考えます)。

所得以外の立場について考えると、研究者の中でも、国立、県立など公立の研究所に所属している研究者については、政治や行政の影響を強く受ける場合があります。しかし、大学に所属している研究者は、政治と行政の影響からも独立しています。経済的にも政治的にも独立性の高い大学の研究者は、科学的な知見と自身の信条に従って発言することができます。独立性の高い立場を利用して、業界や行政に「忖度」することなく、科学的知見と信念に基づいて、行うべき対策を提案することが、研究者の果たすべき役割です。少なくとも、私はそのように考えています。

自身の責任
この連載の中でも、または当研究室(Kaifu Lab)の他のブログ記事、著書、講演会や新聞記事などでも、ウナギで生計を立てている方々が不利益と感じる、または不快に感じる内容も書き、話してきたことは自覚しています。行政への批判も多く口にしてきました。ときには直接的に、または間接的に、業界の方からも、行政の方からも、「これ以上ウナギ業界に不利な内容を話さないように」と介入されたこともありました。しかし、自分が書き、話している内容は、現在私が知るところの最善の科学的知見に基づいて、ウナギの持続的利用を実現するために必要と信じている事柄です。その内容を、関係者に憚って曲げることなく、率直に公開することが、大学に雇用されている研究者としての、自身の責任だと考えています。

当然、提案は一方的に押し付けるものではなく、ステークホルダーとの対話を通じて修正され、実現されてゆくものです。しかし、対話によって合意を形成し、問題を解決に導くためには、適切な情報共有と、率直な意見交換が不可欠です。今後も、ブログや書籍、新聞記事や講演会などを通じて、可能な限り正確に現状をお伝えするとともに、自分が正しいと考えている対策を提案していく所存です。

引用文献
Godin B (2006) The linear model of innovation: The historical construction of an analytical framework. Science, Technology, & Human Values 31.6, 639-667.
Kline, SJ, Rosenberg N (1986) An overview of innovation. The positive sum strategy: Harnessing technology for economic growth, 14, 640.
Tanaka E (2014) Stock assessment of Japanese eels using Japanese abundance indices. Fisheries Science 80, 1129-1144.


今回をもって、序章から数えて10回の「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」の連載を終了します。短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。連載は終わりましたが、ウナギの問題は深刻化する一方です。消費者を含む、あらゆるステークホルダーが協力し、解決に近づけていく必要があります。微力ながら、その一助となれるよう努力していきたいと考えています。

連載「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠
5:より効果的なウナギの放流とは
6:新しいシラスウナギ流通
7:行政と政治の責任
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任
9:まとめ 研究者の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について   その8 ウナギに関わる業者と消費者の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その8 ウナギに関わる業者と消費者の責任

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. ウナギの生産と流通に関わる種々の業界のうち、最も影響力が強いのは養殖業者である。このため、ウナギ問題に関する養殖業者の責任は大きい。
  2. 現在の養殖業者の一部には、シラス密漁への関与や黙認など、無責任な言動が見られる。将来20年、30年と現役を続ける世代が将来像を議論し、業界を牽引すべき。
  3. 消費者と直接関わる小売業者と蒲焼商は、養殖業者へ消費者の声を届ける役割を果たすことができる。
  4. 消費者の役割は、ウナギに関わる業界と政治に、ウナギの問題を解決するよう声を上げることにある。SNSを用いた情報共有も手段の一つ。
  5. グリーンウォッシュを行なっている組織や企業の商品の購入は避ける。今後、明確なゴールと客観的な基準を持って、適切な取り組みを進める企業が現れれば、その商品を選択することで、ウナギの持続的利用を応援できる。

 

ウナギに関わる業界の構造
ニホンウナギの蒲焼きが消費者の口に入るまでの流通経路は、シラスウナギ採捕者から始まります。外洋で生まれ、沿岸にたどり着いたウナギの子供は色素を持たず、体が透き通っているためにシラスウナギと呼ばれます。シラスウナギは、成育期を過ごすために河川など陸水の影響を受ける水域に侵入しますが、このシラスウナギを捕獲するのがシラスウナギ採捕者です。シラスウナギ採捕者は一般的に採捕組合に所属しており、採捕されたシラスウナギは組合に集荷されます(密漁や密売が横行している問題については、過去の記事を参照)。採捕組合に集荷されたシラスウナギは、ウナギの養殖を行う養鰻業者に販売されますが、養鰻業者は、シラスウナギが少量ずつ断続的に養殖池に入ると、育成に手間がかかるため、なるべくまとまった量のシラスウナギを入手したいところです。そこで、中間流通業者であるシラス問屋が国内外のシラスウナギをまとめ、養殖業者に販売します。採捕組合から養殖業者へ直接販売されるケースと、シラス問屋が仲介するケースとがあり、また、養殖業者がシラス問屋の機能を兼ねている場合もあるようです。養鰻業者が食用サイズにまで育成したウナギは、成鰻問屋を通じて蒲焼商など末端の業者へ流通し、消費されます。このほかに、いわゆるパックの蒲焼きを生産する加工場が存在し、加工された製品は小売業者専門店以外の外食業者へ販売され、消費されます。流通の過程で最下流にあるのは消費者であり、最上流はシラスウナギ採捕者になります。

これらウナギ流通の川上から川下に関わる様々な業者うち、最も強い影響力を持つのは、養鰻業者と考えられます。現在、ウナギは供給不足の状況にあるため、川上の業者は川下の業者に対して発言力が強くなります。小売業者が養殖業者に「お願い」して商品を販売してもらっているような状況を目にすることもあります。採捕組合やシラスウナギ採捕者は、養鰻業者よりも流通経路では上流に位置しますが、シラスウナギ採捕は個人か少人数のグループで行われることが多く、それをまとめる採捕組合も、一般的には小規模です。ある採捕組合の組合長は、経営規模が圧倒的に大きい養殖業者について、「養殖場にシラスウナギを買ってもらって初めて、我々の商売が成り立つ」と話していました。

需要と供給のバランスと経営規模のほか、特有の商慣習が存在することも考えられますが、日本のウナギ業界では、養殖業者の力が圧倒的に強いのが現状です。このため、ウナギ問題の解決を考えた時、ウナギに関わる業者の中で最も大きな責任を有しているのは養殖業者であると、筆者は考えています。

ウナギの養殖
自然環境下で生まれたウナギの子供(シラスウナギ)は、シラスウナギ採捕者に捕獲され、養殖業者によって大きく育てられ、消費者により消費される。

養殖業者の感覚
養殖業者は大きな責任を有しているにもかかわらず、必ずしも適切に問題に対応しているとは考えられないのが、現在の状況です。過去の記事でも紹介しましたが、国内で養殖されているニホンウナギのうち、半分程度以上が密漁、密売、密輸などの違法行為を経て養殖池に入っています。養殖業者は、背後に違法行為があることを知りながら、シラスウナギを購入しています。中には、直接的に違法行為に関与する業者もあります。数年前には、国内大手の養殖業者が他県の漁業者を使嗾し、シラスウナギの密漁をさせていたケースを直接見たこともありました。

最近、シラスウナギをめぐる違法行為に関する報道が目立つようになりました(例えば共同通信2017年6月14日)。このような報道に関し、上述の養殖業者とはまた別の、しかし同じように国内大手の養殖場の経営者から筆者は直接、「火のない所に煙は立たないのだから、黙っておけ」と言われました。シラスウナギをめぐる違法行為について、表立って発言するな、という意図です。この発言で興味深いところは、シラスウナギをめぐる違法行為そのものではなく、違法行為をめぐる筆者の発言を「火」と捉えているところです。おそらく、報道が「煙」に相当するのでしょう。この人物は、上記発言から数ヶ月後の別の機会には、「(シラスウナギの採捕・流通に関する規則を)あんまりきつくしたら、ワシらの池にシラスが入らなくなる」と発言しました。二つの発言をまとめると、“違法行為を取り締まったらシラスウナギの入手が困難になって商売が滞るから、違法行為については黙認しろ”という意味になります。

世代交代の必要性
筆者がこれまで見聞きしてきた事例の一部を挙げてみると、ウナギ養殖業者が悪の権化のようにも見えます。しかし、国内に業者は数多く存在し、その全てが現状を良しとしている訳ではありません。例えば、九州のある養殖業者の方は、シラスウナギをめぐる違法行為に関して、採捕・流通のシステムを一新して違法行為をなくしていく方針に強く賛成しました。その理由として述べていたのが、「我々は泥棒呼ばわりされたくない」という言葉です。この感覚は、とても真っ当だと考えています。 “悪いことをしたくない”、“悪い奴だと思われたくない”というシンプルな動機こそ、複雑な問題を解決に導くものかもしれません。

シラスウナギをめぐる違法行為を例にして考えると、養殖業者の態度は様々です。これまでの筆者の経験から考えると、高齢の経営者は違法行為に対して寛容であり、現状維持を求めている方が多いようです。これに対して比較的若い世代の経営者は、より適切な改革を求めているように見えます。これは、資源管理をめぐる態度にも共通している可能性が高く、若い世代の経営者には、シラスウナギ池入れ量の上限を引き下げることに対しても、比較的理解があるように感じています(池入れ量に関しては過去の記事を参照)。

養殖を含むウナギの業界は、意思決定を行うメンバーが高齢で、上記の「比較的若い世代」には、50歳程度の方も含まれます。高齢の方々を中心に意思決定が行われている現状が、ウナギの持続的利用の実現を遠ざけている大きな要因の一つである可能性があります。世代によって考え方が異なるのは当然であり、将来も仕事を続ける若い世代の方が持続性について深く考えるのもまた、当然でしょう。持続性を語る場に、今後20年、30年と現役で業界に携わる人間が多く参加するべきです。ウナギの持続的利用を促進するため、養殖業を含むウナギに関わる業界は、世代交代を進める必要があるでしょう。

小売と蒲焼商の責任
ここまで、流通経路で最も影響力の強い養殖業者について議論してきましたが、消費者と直接向き合う小売業者と蒲焼商の責任もまた、重要です。上述のように、最も影響力の強い養殖業者の中枢にある、一部の経営者の意識は、一般社会の意識から、著しく乖離しています。流通経路の中でも消費者から物理的・精神的に離れた位置にあることが、その要因であると推測されます。

これに対して、流通経路の末端で消費者と接する小売業者や外食業者は、消費者の考え方や意識を、流通経路の上流へ伝える役割を果たせるはずです。特に養殖場や加工場から直接商品を買い付ける大手小売業者や生活協同組合は、消費者の感覚を直接生産現場へと伝えることのできる、貴重な存在です。また、伝統的な蒲焼商はその他の外食業者とは異なり、ウナギに特化し、蒲焼商組合を通じて組織化されています。このため、影響力の強い養殖業者に対し、団結して議論することも可能なはずです。

しかしながら現在、このような責任を果たそうとしている小売業者や蒲焼商は、決して多くありません。違法行為を経た、資源管理の行き届いていないウナギを販売していることを自覚していながら、科学的根拠の希薄な石倉の設置(詳しくは過去の記事を参照)、資源回復への効果が明確ではない調査研究や放流などに資金を提供することによって、「ウナギ資源回復への貢献」をアピールする小売業者や生活協同組合を多く目にします。このような、問題の本質を無視しながらも資源回復に貢献しているかのような広報を行う態度は、まさに「グリーンウォッシュ」に他なりません。なお、「グリーンウォッシュ」とは、企業や組織が、相対的には環境に負荷をかけているにもかかわらず、一部の環境保全活動をアピールすることによって、その組織や会社の商品やサービスを利用することが、環境保全につながるかのように見せかける、詐欺的な行為です。

養殖業者の中に現状を改善しようとする方々が存在することは確かですが、現状維持に賛成か、または持続的利用を目指す改革に反対する経営者が数多く存在することも事実です。この現状を打開するためには、川下から消費者の声を届ける役割が必要です。養殖業者と直接対話のできる大型小売業者や生活協同組合、ウナギに特化した組織を有する蒲焼商には、この役割を果たせる可能性があります。グリーンウォッシュでお茶を濁すのではなく、ウナギの問題に正面から向き合うことが期待されます。

なお、小売や蒲焼商の中には、「消費者からのウナギ問題を解決してほしいという要望は少なく、消費者と養殖業者とをつなぐ必要はない」と考える方もあることでしょう。この点に関し、消費者の責任については次節で議論しますが、現在具体的な言葉で発せられていないとしても、消費者に「違法なウナギと適法なウナギのどちらを選ぶか」、「ウナギ資源を持続的に利用するか、枯渇させるか」について判断を問えば、ほとんどの場合で適法かつ持続的なウナギを選択するであろうことは、火を見るより明らかです。消費者の直接的な発言を受けてからようやく行動するようでは、組織としての責任を果たしているとは言えません。速やかに行動を開始するべきです。

消費者の責任
ウナギ流通における最下流に存在する消費者には、どのような責任があるでしょうか。消費者は下流側の末端に位置しますが、当然のことながら、消費者の需要がなければ川上からウナギが供給されることはありません。このため、消費者は流通経路にある様々なアクターの中にあって、養殖業者をも凌ぐ最大の影響力を持つはずです。一方で、前回の記事で述べたように、ウナギ問題の解決には、政治が適切なリーダーシップを発揮することも必要です。国内のウナギ消費者の大部分は、日本の政治を動かしている有権者です。消費者は、ウナギ流通に対しても、政治に対しても、理論上最大の影響力を持つ存在なのです。

このように考えると、現在、消費者が果たすべき大きな役割は、「ウナギ資源を持続的に利用したい」「違法行為の関わったウナギを食べたくない」という声を、養殖業者を筆頭としたウナギに関係する種々の業者に、そして、政治の場に伝えることです。ウナギの問題が未解決のまま残されているということは、ウナギ業界においても、政治においても、この問題の重要性は低い、または十分には高くないと認識されているということです。需要を生み出し、政治を動かす消費者の声があって初めて、ウナギの問題の優先順位を高め、適切な対策に舵を切ることが可能になります。

消費者にできること
消費者が果たすことのできる役割は大きなものですが、現在ウナギの問題に関して、その影響力は決して大きくありません。消費者全体の影響力は絶大であっても、個々人の影響力は、無視できるほどに小さいためです。

個々の消費者がウナギ問題の優先順位を高めるためにできることには、どのようなものがあるでしょうか。具体的で簡便な手法としては、情報の共有が考えられます。日本は民主主義国家であり、議会選挙や首長選挙における投票によって、有権者は自らの意思を表示することが可能です。しかし、ウナギの持続的利用という問題が選挙の争点になることは考えにくく、選挙を通じてウナギの問題を解決に向かわせることは困難でしょう。選挙以外にもデモへの参加やパブリックコメントへの応募といった意思表示の手法は存在しますが、より手軽な方法として、新聞やインターネットの記事を読むこと、SNSで興味のある記事を紹介することなどが考えられます。例えばシラスウナギの違法な流通の問題を報じる記事へのアクセス数、SNSによる拡散の度合いが増大することが発端となり、最終的に立法府、行政府における当該問題の優先順位が上昇する、という結果に結びつく場合も想定できます。ウナギに関する情報により多く触れ、それぞれの立場で考え、多くの人々と共有することが重要です。

ただし、報道やインターネットの記事には誤った情報も多く存在するため、情報源の選択は慎重に行う必要があります。2018年3月18日にForbes Japanに掲載されたウナギに関する記事のように、ウナギ資源の持続的利用を目指そうとする趣旨ではあっても、ジャイアントパンダとウナギを同一視するような、希少種の管理の考え方に関して重大な誤解を含んでいる場合が見受けられます(詳細は過去の記事を参照)。

ごく一部の業界関係者やジャーナリスト、専門家以外に、ウナギに関する情報の正誤を的確に判断することは困難です。なるべく正確な情報を得るためには、以下のことに気をつけると良いでしょう。インターネット上の記事の場合、記事を書いている個人名または組織名が不明なものは論外です。次に、記事の内容と執筆者の専門性の適合を確認することが重要です。ジャーナリストの場合は過去に書いた記事によって、大学教員など職業研究者の場合は業績一覧で執筆した学術論文のタイトルを見ることで、その専門分野を知ることができます。

さらに、記事の執筆者の立場を考慮することも重要です。例えば2018年3月6日にCitrusに掲載された業界紙編集長が執筆した記事では、『近年、うなぎ資源の減少要因のひとつとして“うなぎの大量消費”を掲げる動きがある』ことについて、『最新データのうなぎ消費量は2016年でみると約5万トンで、2000年の実に1/3に減少している。消費自体は増えているどころか、逆に減っているのである。』と述べています。しかし、重要なのは資源量に対してどの程度の割合を消費しているのかであって、消費の絶対量ではありません。また、2000年と比較して3分の1になったとはいえ、5万トン、1個体250gと大きめに見積もっても2億個体が1年間に消費されている状況を考えると、同じデータから「やはりウナギは大量消費されている」という結論を導くことも可能です。

環境保全NGOのメンバーが執筆していれば、結論を保全に導こうとしている可能性がありますし、ウナギ業界の関係者であれば、業界を擁護する主張に偏っている可能性が考えられます。ジャーナリストにも政治的な主張があり、職業研究者でも、ウナギ業界や環境保全NGOから研究費を得ている場合があります。執筆者が異なれば、立場と考え方も異なるため、絶対的に中立な記事はあり得ません。重要なことは、執筆者がどのような立場で記事を書いているのか、読み手が考えることです。

どのような商品を選択するべきか
ウナギの持続的利用のために消費者が取り得る行動として、情報共有の他に、「より適切な商品を選択すること」が考えられます。例えば、MSC、ASCなど、比較的信頼性の高い国際認証制度の認証を取得している水産物を選択することで、持続的な水産物を提供しようとしている個人や組織を応援することが可能です。しかし、ウナギの場合は残念なことに、世界のどこを見渡しても、持続可能な商品など存在しません。資源の持続可能性どころか、日本では合法性が担保されている養殖ウナギを入手することすら、不可能な状況です(詳細は過去の記事を参照)。

それでは、消費者はどのように商品を選べば良いでしょうか。一つの基準は、上述の「グリーンウォッシュ」にあります。資源回復への効果が明確ではない取り組みや調査研究を行ったり、資金の提供することによって、あたかもウナギ資源回復へ貢献しているかのように広報している組織や企業の商品の購入は、控えるべきです。これらの組織や企業も、違法である可能性が非常に高い商品を扱っていることを知っています。知っていながらも、その根本的な問題に向き合うことなく、資源回復への貢献をアピールしているとすれば、それは詐欺に近い行為ではないでしょうか。

そうはいっても、適法なウナギを入手することすら困難なのが、現在の状況です。そこで二つ目の基準となり得るのが、明確なゴールと客観的な基準です。現時点では持続性も、適法性も担保されていないとしても、明確なゴールを持って、客観的な根拠に基づいた適切な取り組みを行っている組織や企業があれば、それらの取り組みを応援できます。この原稿を公開する2018年3月26日の時点ではまだ公表されていませんが、今後、このような取り組みが順次公表されていく予定です。ようやく、商品の選択によって、消費者がウナギの持続的利用の促進に貢献できる時代が近づきつつあります。

ウナギの値段によって消費する商品を選択することについてはどうでしょうか。近年のニホンウナギ減少に関する報道とともに、「大量消費によってウナギが減少したのだから、食べる回数を減らし、食べる時にはスーパーやコンビニ、ファストフードではなく、専門店で手間をかけて調理したウナギを選択するべきである」といった趣旨の意見を目にすることが多くなりました。ウナギの置かれている現状を考えると、これらの意見を表明するに至った心情は十分に理解できます。しかし、「ウナギの持続的利用」という目的を設定したとき、消費者がウナギを食べる回数を減らすこと、専門店のウナギを選択することがどのような意味を持つのか、慎重に考える必要があります。

ニホンウナギを持続的に利用するためには、現状では消費を削減すべきです。個々の消費者がウナギを食べる回数を控えることで、消費が削減される可能性はあります。しかし消費の削減は、漁業管理など社会のシステムの変革を通じてなされるべきではないでしょうか。適切な消費上限量を定め、遵守する社会こそが、持続可能な社会であり、事実上捕り放題、食べ放題のシステムを放置したまま、個々の消費者の行動によって消費量の削減を目指すような社会は、持続的とは言えません。

専門店のウナギか、スーパーやコンビニ、ファストフードのウナギか、という食べ方の選択についても、適切に設定された消費量の上限が遵守されていれば、5百円の安価なうな丼を販売するのか、または5千円の高級うな重を販売するのかは、個々の経営体の経営方針の相違であり、社会が制限すべきものではありません。ましてや個人の消費行動は、一人ひとりの価値観や経済的な状況が大きく影響するものであり、「大切に食べよう」という気持ちの表明が、安価な商品の購入に対する非難に転じないよう、十分に気を配る必要があります。ウナギの持続的利用という目的を前提とした場合、問題点を明確にするために、食べ方の選択は、社会のシステムの改革とは切り離して考えるべきです。

 

ウナギを守ろうとする消費者の声が大きくならない限り、ウナギの問題が解決するとは考えられません。消費者の声が大きくならないとすれば、それはウナギを持続的に利用する必要はない、という消費者の判断の現れです。大変悲しいことですが、市民の意思として受け入れるしかないでしょう。

 

次回は最終回「まとめ 研究者の責任」を4月2日の月曜日に公開する予定です。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(公開済み)
5:より効果的なウナギの放流とは(公開済み)
6:新しいシラスウナギ流通(公開済み)
7:行政と政治の責任(公開済み)
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任(公開済み)
9:まとめ 研究者の責任(4月2日)

 

Forbes Japanウナギ記事に見られる事実誤認について

Forbes Japanウナギ記事に見られる事実誤認について

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

2018年3月18日にForbes Japanに公開された記事『「土用の丑の日」の影に潜むブラックウナギ問題』の内容に、看過しがたい事実誤認が複数見られたため、以下の5点について、Forbes Japan編集部に対し、編集部の考えをお聞きする質問状を、問い合わせフォームから送りました。回答は、いただき次第公開します。なお、二重カッコ内の太字は記事からの引用です。

(1)『パンダより絶滅が危惧されているのに、いまだに乱獲され、蒲焼にまでされている種がある。ニホンウナギである。』
IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでは、ジャイアントパンダは絶滅危惧II類(VU)、ニホンウナギはそれよりもランクの高い絶滅危惧IB類(EN)に区分されています。しかし、ジャイアントパンダが絶滅危惧種に指定されている理由は、個体数が少ないことです(Swaisgood et al. 2016)。具体的には、個体群サイズが成熟個体1000未満と推定され(基準D1)、かつ1000以上の成熟個体を含んでいると推定される下位個体群が存在しない(基準C2a(i))ために、絶滅危惧II類(VU)に区分されています。

一方でニホンウナギは、個体数は非常に多いのですが、急激に減少していることを理由として、絶滅危惧種に区分されています(Jacoby & Gollock 2014)。具体的には、適切な個体数レベルを表す指数及び出現範囲、占有面積、あるいは生息環境の減少に基づき、過去3世代の間に個体群サイズが50%以上縮小していることが推定され、縮小の原因が理解されていない(基準A2bc)ために、絶滅危惧IB類(EN)に区分されています。

ジャイアントパンダとニホンウナギを同列に並べ、『絶滅が危惧されているのに』『蒲焼にまでされている』との主張は、レッドリストの絶滅リスク評価システムの理解不足から消費行動を非難する、明らかなミスリードです。このような誤った主張は、絶滅危惧種を適切に管理・保全するにあたって、むしろ障害となります。

また、記事ではニホンウナギが『天然記念物のトキと同じカテゴリーであるIUCNの絶滅危惧種IB類に指定されたと述べていますが、天然記念物は絶滅リスクとは独立した基準で評価されています。生物種ごとに絶滅リスクを評価し、一覧にしたレッドリストは、日本では環境省が管理・運営しています。レッドリストでは、絶滅リスクの高い生物種は絶滅危惧種に、それほど高くないものは異なったカテゴリーに区分されます。これに対して天然記念物の指定は文科省が管轄しており、指定されるのは、『我が国にとって学術上価値の高いもの』です(文化庁文化財部記念物課 2010)。記事の中では、天然記念物と絶滅危惧種(希少種)が混同されているようです。

参考
IUCNカテゴリーと基準(3.1版 改訂第2版)

(2)『香港ルートと呼ばれるルートが明確なもの』
「香港ルート」とは、香港から日本に輸入されるシラスウナギがたどる経路のことです。この経路で日本に輸入されるシラスウナギの多く、または全部が、台湾などの原産国から密輸されている可能性が疑われています。当然、そのルートは不明確です。記事では「香港ルート」について、出所が明らかで適切であるかのように記載していますが、誤りです。

参考
NHK「”白いダイヤ”ウナギ密輸ルートを追え!」
Kaifu Lab「シラスウナギ密輸の裏にあるのは『無意味な規制』-NHKクローズアップ現代を見て-」

(3)『出所不明なウナギは52%にも上る』
記事中の平成28年漁期の数値(7.7トン、6.1トン、5.9トン)を組み合わせて計算しても、「52%」という数値を得ることはできません。おそらくこの数値は、2015年漁期における、違法なシラスウナギの国内漁獲量(9.6トン)が、養殖場に入れられたシラスウナギの量(18.3トン)に占める割合、52.46%を指しているものと思われます。この年に香港ルートで輸入された、つまり原産国から密輸されて日本へ来たと考えられるシラスウナギは3.0トンであり、違法が疑われるシラスウナギは9.6+3.0=12.6トンになります。総量18.3トンの68.85%、約7割であり、直前にある『日本の市場に出回るウナギのなんと7割ほどが、IUU漁業のものと言われている』とも合致します。筆者に確認しなければ確定的なことは言えませんが、「52%」という値は、「2015年漁期に国内で密漁・密売されたシラスウナギの量」が「2015年漁期に国内で養殖に用いられたシラスウナギの総量」に対する割合であると推測されます。その場合、「52%」に、香港ルートで輸入されたシラスウナギは含まれません。

なお、シラスウナギは密漁や密売が横行しているため、国内漁獲量を把握することが困難です。このため、養殖業者が養殖場に入れたシラスウナギの総計から、貿易統計に記録されているシラスウナギの輸入量を差し引いた値を、国内のシラスウナギ漁獲量と考えます。国内のシラスウナギ漁獲量から報告量を差し引いた値が、国内で密漁・密売されたシラスウナギの量になります。

参考
Kaifu Lab「2018年漁期シラスウナギ採捕量の減少について その6 新しいシラスウナギの流通」

(4)『3枚のうなぎのうち2枚はブラックマネーに侵されている可能性がある』
これは、国内で養殖されたウナギの約7割に違法行為が関わっているという前提から導かれている記述です。おそらく2015年漁期を示していると考えられますが、この記事では香港からの輸入については、『ルートが明確なもの』として扱っています。そうすると、2015年漁期の「ブラックな」ウナギは約半分(52%)であり、『3枚のうなぎのうち2枚はブラックマネーに侵されている可能性がある』という記述と矛盾します。

参考
Kaifu Lab「密漁ウナギに出会う確率は50%?」

(5)『日本に輸入されるブラックな52%のウナギ』
上述のように、「52%」という数値はおそらく、「2015年漁期に国内で密漁・密売されたシラスウナギの割合」であり、輸入されたものではありません。また、記事では香港ルートで輸入されるシラスウナギについて、『ルートが明確なもの』と定義しています。『輸入されるブラックな』ウナギという表現は、この定義とも矛盾します。

引用文献
Jacoby, D. & Gollock, M. 2014.  Anguilla japonica. The IUCN Red List of Threatened Species 2014: e.T166184A1117791.
文化庁文化財部記念物課(2010)「記念物の保護のしくみ」
Swaisgood, R., Wang, D. & Wei, F. 2016.  Ailuropoda melanoleuca (errata version published in 2016). The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T712A121745669.