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東アジアのニホンウナギ資源管理は機能せず 強制力のある「ワシントン条約」が必要か

ニホンウナギの保護と管理について話し合うための国際会議が2019年4月18日、19日と日本で開催されました。参加したのは日本のほか台湾、韓国で、中国は5年連続で欠席しています(報道例:「ウナギ国際会議、資源保護の具体策は先送り」日経新聞)。

会議では、養殖に用いるシラスウナギ(ウナギの子ども)の量である、「池入れ量」の上限量について話し合いが行われました。その結果、上限量の見直しは行わず、据え置きとすることが決まったようです。

ニホンウナギの養殖を行なっている主な国と地域である日本、中国、台湾、韓国は、2015年から養殖に用いるシラスウナギの量(以下、「池入れ量」)を制限することに合意しています。池入れ量を制限することによって、ニホンウナギの消費速度を抑制しようという試みです。池入れ量の上限は、4カ国・地域全体で78.8トンと決められました。しかし、例えば2015年漁期(2014年末から2015年中ごろ)の4カ国・地域の実際の池入れ量は全体で37.8トン、2016年漁期では40.8トンと、上限である78.8トンの半分程度しか利用されていません。

「池入れ数量管理」に基づく池入れ上限値と実際の池入れ量

なぜ、「実際に養殖に利用されたシラスウナギの量」が、4カ国・地域で合意した、「養殖に使っても良いシラスウナギの上限」である78.8トンの、半分程度でしかないのでしょうか。それは、現状では78.8トンものシラスウナギを取ることが不可能だからです。実際には取ることができないような、過剰な上限を設定しているこの「合意」が存在していても、存在していなくても、現実の世界で捕獲され、養殖されるシラスウナギの量にほとんど影響はありません。現在のところ、シラスウナギは「取り放題」に近い状況にあるのです。

今回の会議では、この過剰な池入れ量の上限を据え置くことが決定されました。理由としては、中国が参加していないために上限量の変更が難しいこと、上限量を設定するための科学的知見が乏しいことのほか、関係者、特にウナギに関連する産業界が上限量の変更に消極的であることが考えられます(池入れ上限を増大させることは考えにくいため、この場合の「変更」は「削減」と同義です)。

どのような理由があるにせよ、東アジアの日中台韓によるニホンウナギ資源管理の枠組みが、適切に機能していないことは明らかです。地域レベルでの自主的な管理が機能しない場合、世界レベルの強制力のある枠組みが必要、との声が強くなると想像されます。

野生生物の保全と持続的利用に関する「世界レベルの強制力のある枠組み」とは、「ワシントン条約」です。ワシントン条約は、正式名称をConvention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora(絶滅の恐れのある野生生物の種の国際取引に関する条約。略称「CITES」)と言います。その名の通り、国際取引を規制することによって、野生生物を守るための条約です。

ワシントン条約には、国際取引を規制する対象種のリスト、「附属書」が存在します。この附属書は、絶滅のリスクなどに応じてⅠ~Ⅲに分類され、とくに規制が必要とされる生物種がⅠとⅡに掲載されます。附属書Iに掲載されている生物、例えばジャイアントパンダ、オランウータンや多くのクジラ類などについては、一切の商業目的の国際取引が禁止されます。附属書IIに掲載されている生物種、例えばケープペンギン、キングコブラやホホジロザメなどについては、種の存続に悪影響を与えない、持続的な範囲でのみ、商業的な国際取引が認められています。

ウナギの仲間のうち、ヨーロッパと北アフリカに生息するヨーロッパウナギは、すでに附属書IIに掲載され、国際取引が規制されています。ニホンウナギがワシントン条約によって規制されることがるとすれば、ヨーロッパウナギと同じ附属書IIへの記載となるでしょう。

日本では誤解されている場合も多いのですが、ワシントン条約は、懲罰的な目的を持って国際取引を禁止するのではなく、持続可能な限度を超えた野生生物の取引を規制するものです。特に附属書IIに掲載された生物種は、持続可能な範囲であれば国際的な取引は可能です。このため、野生生物を持続的に利用するのであれば、世界中のあらゆる生物種を附属書IIに掲載し、持続可能な範囲でのみ利用した方が良い、との論理でさえ成り立ちます。ワシントン条約の、特に附属書IIへの掲載は、回避すべきことではなく、むしろ野生生物資源の持続的利用につながる可能性があるのです。

ニホンウナギについては、このまま、東アジアにおける自主的な資源管理が機能不全に陥っている状況が続けば、ワシントン条約による管理を求める声は当然強くなるでしょう。

著者としては、より細やかな管理が可能であることから、東アジアによる自主的な資源管理が適切に進むことを望みます。しかし、実際の漁獲量に対して著しく過剰な池入れ量上限が6年連続で維持されるなど、自主的管理が機能していない状況が継続するのであれば、ワシントン条約による規制もやむを得ない、と考えています。

<今回の会議に関する一部のマスコミの報道に関して>
最後に、4月18日、19日に開催された国際会議をめぐる報道において、著者のコメントが捻じ曲げられて伝えられていたことについて、言及します。4月18日放映のTBSの Nスタで、著者が『今回の会議の失敗点は中国の不参加と上限を減らさなかったこと』とコメントしたと報道されていますが、全くの誤りです。電話取材においては、「失敗」という言葉は使わないように複数回にわたって念を押しました。会議の運営においては様々な事情があり、一概に「失敗」とは言えないこと、また、会議の初日であることがその理由です。中国の不参加、および池入れ上限の据え置きに関して、重要な課題であると取材に回答していますが、「失敗」であるとは発言していません。それどころか前述のように、「失敗」と表現しないように、取材中にお願いしています。
TBSのNスタ作成陣には今後、誠実な取材を心がけていただきたいと考えています。

2019年4月19日 海部健三

Forbes Japan事実誤認記事の顛末

Forbes Japan事実誤認記事の顛末

中央大学 海部健三

2018年3月18日、M.I.氏が Forbes Japanに『「土用の丑の日」の影に潜むブラックウナギ問題』を公開しました。この記事に看過しがたい事実誤認が複数含まれていたため、筆者(海部)は3月20日、Forbes Japan編集部に対し、内容の確認および対処について、問い合わせフォームより質問を送りました。質問の内容は、過去の記事に記してあります。

4月17日、編集部より、以下の回答をいただきました(URLを除く下線部は筆者(海部)が修正)。

海部さま
お世話になります。
記事の件でご連絡いたします。
筆者M.I.氏から海部氏の質問に対する解説をうかがい、そのうえで必要と思われる点は一部記事を訂正・追記しました。
以下に反映しております。
https://forbesjapan.com/articles/detail/20146
改めまして、この度はご意見ありがとうございました。

今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

質問を受けて記事を訂正・追記したということは、M.I.氏およびForbes Japanは、筆者(海部)が指摘した事実誤認について、一部でも認めたということになります。メディアが自らの記事に誤りを認めた場合、訂正記事を公開するのが通常の対応と思われますが、しかし、I.M.氏およびForbes Japanは、当該記事の誤っている部分を、事実に反しないように訂正・追記してしまいました。なお、修正後も記事の公開日は初出の3月18日11:00のままで、記事が訂正・追記されたことは、現在(2018年4月19日13:00)のところ、示されていません。

現在の記事は、3月20日以降に大幅な訂正・追記が行われたものであるにも関わらず、3月18日に公開したと記され、修正履歴も、訂正・追記が行われた事実も示されていません。実際とは異なる公開日を記すことは、虚偽に相当するのではないでしょうか。もしも、「記事の大枠は3月18日に発表したものであり、訂正・追記は軽微であるから、公開日を変更したり、修正履歴を開示する必要はない」と考えているとすれば、M.I.氏およびForbes Japanは、執筆者およびメディアとして、重大な倫理的欠陥を抱えていると言わざるを得ません。今回の訂正・追記は決して、誤字脱字の修正のような、「軽微」なものではありません。記事の結論を導くための基礎となる数値データに決定的な事実誤認があり、それらに対して訂正・追記が行われたのです* ***

修正履歴を残さずに、元の記事の訂正・追記を行ったことについて、筆者(海部)はM.I.氏とForbes Japanに抗議しました。M.I.氏からは、以下のような回答をいただきました。

フォーブス編集部の対応の仕方はフォーブス編集部が決定します、私ではありません**。 私から編集部には4月1日に海部さんのご質問5点に対する一つ一つの回答、解説、訂正、出典を提出しています。 編集部が対応を判断したものです。私の意見ではありません。

M.I.氏は「Official Columnist」として、Forbes Japanに署名を載せた記事(コラム)を公開しています。そのような立場にあるM.I.氏は、自身の書いた記事に一切の責任を追うべきです。自身の書いた記事の誤りをForbes Japanの読者に伝えずに、その決定を『私の意見ではありません』とするM.I.氏は、執筆者としての責任を完全に放棄しています。

現在、政治は森友学園に関係する公文書改ざんの問題で大きく揺れています。今回のForbes Japanのウナギ記事の問題と公文書改ざん問題は、文書製作者と管理者が、都合の悪い文章を、修正履歴を開示せずに修正したという点で共通しています。公文書を扱う公務員や政治家だけでなく、情報を伝えるメディア、文章を執筆する人間の倫理が、強く問われます。

<注釈>
* 残念ながら、元の記事を保存していなかったため、訂正・追記内容の比較はできません。まさか、このような対応がなされるとは、想像もできませんでした。我ながら、甘い対応であったことを反省しています。当該記事(元の記事)の事実誤認の具体的な内容については、当ブログの過去の記事をご覧ください。
** 原文ママ。
*** 以下のリンクから元の記事が見られます。現在の記事と比較してください(公開後、2018年4月19日13:37に追記)。リンク先右上の「人気記事」の「もっと見る」をクリックし、移動先で『「土用の丑の日」の影に潜むブラックウナギ問題』を探してください。
元の記事
修正後の記事

Forbes Japanウナギ記事に見られる事実誤認について

Forbes Japanウナギ記事に見られる事実誤認について

中央大学 海部健三
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

2018年3月18日にForbes Japanに公開された記事『「土用の丑の日」の影に潜むブラックウナギ問題』の内容に、看過しがたい事実誤認が複数見られたため、以下の5点について、Forbes Japan編集部に対し、編集部の考えをお聞きする質問状を、問い合わせフォームから送りました。回答は、いただき次第公開します。なお、二重カッコ内の太字は記事からの引用です。

(1)『パンダより絶滅が危惧されているのに、いまだに乱獲され、蒲焼にまでされている種がある。ニホンウナギである。』
IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでは、ジャイアントパンダは絶滅危惧II類(VU)、ニホンウナギはそれよりもランクの高い絶滅危惧IB類(EN)に区分されています。しかし、ジャイアントパンダが絶滅危惧種に指定されている理由は、個体数が少ないことです(Swaisgood et al. 2016)。具体的には、個体群サイズが成熟個体1000未満と推定され(基準D1)、かつ1000以上の成熟個体を含んでいると推定される下位個体群が存在しない(基準C2a(i))ために、絶滅危惧II類(VU)に区分されています。

一方でニホンウナギは、個体数は非常に多いのですが、急激に減少していることを理由として、絶滅危惧種に区分されています(Jacoby & Gollock 2014)。具体的には、適切な個体数レベルを表す指数及び出現範囲、占有面積、あるいは生息環境の減少に基づき、過去3世代の間に個体群サイズが50%以上縮小していることが推定され、縮小の原因が理解されていない(基準A2bc)ために、絶滅危惧IB類(EN)に区分されています。

ジャイアントパンダとニホンウナギを同列に並べ、『絶滅が危惧されているのに』『蒲焼にまでされている』との主張は、レッドリストの絶滅リスク評価システムの理解不足から消費行動を非難する、明らかなミスリードです。このような誤った主張は、絶滅危惧種を適切に管理・保全するにあたって、むしろ障害となります。

また、記事ではニホンウナギが『天然記念物のトキと同じカテゴリーであるIUCNの絶滅危惧種IB類に指定されたと述べていますが、天然記念物は絶滅リスクとは独立した基準で評価されています。生物種ごとに絶滅リスクを評価し、一覧にしたレッドリストは、日本では環境省が管理・運営しています。レッドリストでは、絶滅リスクの高い生物種は絶滅危惧種に、それほど高くないものは異なったカテゴリーに区分されます。これに対して天然記念物の指定は文科省が管轄しており、指定されるのは、『我が国にとって学術上価値の高いもの』です(文化庁文化財部記念物課 2010)。記事の中では、天然記念物と絶滅危惧種(希少種)が混同されているようです。

参考
IUCNカテゴリーと基準(3.1版 改訂第2版)

(2)『香港ルートと呼ばれるルートが明確なもの』
「香港ルート」とは、香港から日本に輸入されるシラスウナギがたどる経路のことです。この経路で日本に輸入されるシラスウナギの多く、または全部が、台湾などの原産国から密輸されている可能性が疑われています。当然、そのルートは不明確です。記事では「香港ルート」について、出所が明らかで適切であるかのように記載していますが、誤りです。

参考
NHK「”白いダイヤ”ウナギ密輸ルートを追え!」
Kaifu Lab「シラスウナギ密輸の裏にあるのは『無意味な規制』-NHKクローズアップ現代を見て-」

(3)『出所不明なウナギは52%にも上る』
記事中の平成28年漁期の数値(7.7トン、6.1トン、5.9トン)を組み合わせて計算しても、「52%」という数値を得ることはできません。おそらくこの数値は、2015年漁期における、違法なシラスウナギの国内漁獲量(9.6トン)が、養殖場に入れられたシラスウナギの量(18.3トン)に占める割合、52.46%を指しているものと思われます。この年に香港ルートで輸入された、つまり原産国から密輸されて日本へ来たと考えられるシラスウナギは3.0トンであり、違法が疑われるシラスウナギは9.6+3.0=12.6トンになります。総量18.3トンの68.85%、約7割であり、直前にある『日本の市場に出回るウナギのなんと7割ほどが、IUU漁業のものと言われている』とも合致します。筆者に確認しなければ確定的なことは言えませんが、「52%」という値は、「2015年漁期に国内で密漁・密売されたシラスウナギの量」が「2015年漁期に国内で養殖に用いられたシラスウナギの総量」に対する割合であると推測されます。その場合、「52%」に、香港ルートで輸入されたシラスウナギは含まれません。

なお、シラスウナギは密漁や密売が横行しているため、国内漁獲量を把握することが困難です。このため、養殖業者が養殖場に入れたシラスウナギの総計から、貿易統計に記録されているシラスウナギの輸入量を差し引いた値を、国内のシラスウナギ漁獲量と考えます。国内のシラスウナギ漁獲量から報告量を差し引いた値が、国内で密漁・密売されたシラスウナギの量になります。

参考
Kaifu Lab「2018年漁期シラスウナギ採捕量の減少について その6 新しいシラスウナギの流通」

(4)『3枚のうなぎのうち2枚はブラックマネーに侵されている可能性がある』
これは、国内で養殖されたウナギの約7割に違法行為が関わっているという前提から導かれている記述です。おそらく2015年漁期を示していると考えられますが、この記事では香港からの輸入については、『ルートが明確なもの』として扱っています。そうすると、2015年漁期の「ブラックな」ウナギは約半分(52%)であり、『3枚のうなぎのうち2枚はブラックマネーに侵されている可能性がある』という記述と矛盾します。

参考
Kaifu Lab「密漁ウナギに出会う確率は50%?」

(5)『日本に輸入されるブラックな52%のウナギ』
上述のように、「52%」という数値はおそらく、「2015年漁期に国内で密漁・密売されたシラスウナギの割合」であり、輸入されたものではありません。また、記事では香港ルートで輸入されるシラスウナギについて、『ルートが明確なもの』と定義しています。『輸入されるブラックな』ウナギという表現は、この定義とも矛盾します。

引用文献
Jacoby, D. & Gollock, M. 2014.  Anguilla japonica. The IUCN Red List of Threatened Species 2014: e.T166184A1117791.
文化庁文化財部記念物課(2010)「記念物の保護のしくみ」
Swaisgood, R., Wang, D. & Wei, F. 2016.  Ailuropoda melanoleuca (errata version published in 2016). The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T712A121745669.

アメリカウナギの産卵回遊追跡に成功

ポップアップタグ(注)を利用して、アメリカウナギを産卵場であるサルガッソー海まで追跡することに、カナダの研究チームが成功。10月末のNature Communicationsで発表されました。
ニホンウナギの産卵場が特定され、天然の卵も採集されましたが、ニホンウナギを含め、ウナギ属魚類の産卵回遊ルートを追跡することに成功した例は今までありませんでした。発表された学術誌は、ニホンウナギの天然の卵の採集が報じられた雑誌ですね。

興味深いことは、この研究を含め、ポップアップタグを用いたウナギ属魚類の産卵回遊の追跡において、かなりの程度の個体が捕食されていることです。タグの影響(出血による捕食者の誘引や遊泳力の低下)も十分に考えられますが、産卵回遊の成功率を考えるための重要な知見になる可能性があります。

ウナギの生活史全体をモデル化することを考えたとき、孵化後に成育場にたどりつくまでの浮遊期間とともに、産卵回遊期の死亡率を知ることは、ほとんど不可能と考えられてきました。今回のような研究が進むことにより、ウナギの生活史全体への理解が深まれば、科学的な知見を元に、漁業管理を含めたウナギ属魚類の個体群管理を進めることが可能になっていくはずです。

注:魚体に取り付け、水深や水温、明るさを記録する装置。タイマーで切り離され、浮上して浮上ポイントと記録したデータを衛星を経由して研究者へ送る。

Béguer-Pon, Mélanie, et al. “Direct observations of American eels migrating across the continental shelf to the Sargasso Sea.” Nature communications 6 (2015).