2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について   その9 まとめ 研究者の責任

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その9 まとめ 研究者の責任

要約

  1. 特定の分野については、日本はウナギの研究で世界をリードしている。しかし、持続的利用に直結する研究では、大幅に遅れをとっている。
  2. ニホンウナギに関する研究は基礎研究に偏り、適切な応用研究が進められていなかったことが、その理由。
  3. 「ニホンウナギの持続的利用」そのものを明確な目的に設定した、適切な応用研究を押し進めることが必要。
  4. 研究者、特に大学所属の研究者には、政治的、経済的に独立した立場より、科学的知見と信念に基づいて、必要と考える対策を提案する責任がある。

日本におけるウナギ研究の現状
3月末をもって、2018年漁期のシラスウナギの採捕はおよそ終了しました。業界紙である日本養殖新聞の調べでは、東アジアの総漁獲量は11.0トンと、史上最低の漁獲量を記録しました(日本養殖新聞2018年3月25日)(水産庁によれば2016年漁期の漁獲量は40.8トン、2017年漁期は50.5トン以上)。商業目的の採捕は終了しましたが、漁期終盤に入ってから採捕量は好転しました。シラスウナギ来遊量の動態を見極めるために、4月以降も科学的なモニタリングとしての採捕調査は継続する必要があります。

今後のシラスウナギの来遊状況は不明ですが、今回の漁期では、資源管理の為に「ここまで漁獲しても良い」とされている池入れの上限値78.8トンに対して、わずか14%しか採捕することができませんでした。このような危機的状況にありながら、ニホンウナギについては、資源管理も、生息環境の回復も進んでいません(資源管理については第2回、生息環境については第3回の記事を参照)。その理由の一つに、ニホンウナギの資源管理や生息環境の回復に関する科学的な知見が不足していることが挙げられます。例えば、資源管理に不可欠な個体群動態に関する論文は、私の知る限りTanaka(2014)の一報のみです。その結論は現場の感覚からは大きく乖離しており、この論文を基礎に資源管理を進めていこう、という合意形成が成立する状況にはありません(詳細は過去の記事を参照)。

最近になってようやく、環境省や水産庁の調査事業として、個体群動態の把握や生息環境の回復を目的とした研究が進められるようになりましたが、「いまさら」という批判は免れようがありません。2016年10月末に開催された「うなぎ未来会議2016」のシンポジウムでは、2日間にわたって専門家による会議を傍聴した高校生が、「絶滅しかけているというときになって、今更データがないないと騒ぎだしているのは、何かちょっとおかしな話しです」と発言しました。まさに、この言葉通りの状況ではないでしょうか。

産卵場探索や仔魚の輸送メカニズム、ウナギ属魚類の進化プロセスなど、特定の分野については、日本はウナギの研究で世界をリードしています。しかし、個体群動態の解析や環境改善手法の開発、放流効果の検証といった、持続的利用に直結する研究では、大幅に遅れをとっているのが現実です。なお、完全養殖に関する研究については、日本は世界に先んじていますが、過去の記事で説明したように、現状では、完全養殖(人工種苗生産技術)技術の開発が、天然のニホンウナギの持続的利用に直結するとは言いがたい状況ですので、今回の議論からは除外します。

基礎研究と応用研究
なぜ日本では、ニホンウナギの研究が盛んであるにもかかわらず、持続的利用に直接結びつくような研究が進んでこなかったのでしょうか。その答えは、基礎研究と応用研究の違いを明確にすることによって、見えてきます。基礎研究とは、すぐに応用には結びつかない基礎的な知見を積み上げるための研究、応用研究とは、ウナギの持続的な利用の実現といった、経済的な価値に結びつくような研究を指します。

基礎研究と応用研究の根本的な相違は、目的にあります。基礎研究は好奇心に基づく研究(Curiosity-driven research)であり、研究者が自らの知的好奇心によって研究対象を選択します。これに対して、応用研究は使命志向の研究(mission-oriented research)であり、社会への経済的価値の還元を目的としています。このため応用研究が対象とする研究領域は、研究者の好奇心ではなく、社会の要請によって決定します。例えばウナギの研究を例に取ると、生命の謎を解き明かすという、知的好奇心に基づいてウナギの進化に関する研究を行う場合は基礎研究、ウナギの生息環境を改善するという社会的要請に応えることを目的として、ダムによるウナギの移動の阻害について研究を行う場合は、応用研究となります。確認のため、もう一つずつ例を考えてみましょう。基礎研究と応用研究の根本的な相違は目的であり、研究内容ではありません。このため例えば、あるウナギの種について、遺伝的に異なるグループの構造(集団構造)を調べる研究した場合でも、知的好奇心に基づいてウナギの進化を解明することを目的としていれば基礎研究であり、社会的な要請である資源管理を実現するため、管理の単位を明らかにすることを目的としていれば、応用研究と言えます。

日本において、ウナギの研究が盛んであるにもかかわらず、持続的利用に直結するような研究が遅れていたのは、日本のウナギ研究のほとんどが、研究者の知的好奇心を満たすことを目的とした基礎研究であったためです。人間の知見を広げるためにも、応用の基盤とするためにも、基礎研究が重要であることは自明です。しかし、ニホンウナギに関する研究が基礎研究に偏り、応用研究が適切に進んでいない場合、持続的利用の実現は当然、促進されません。

応用研究を装った基礎研究の弊害
1980年代から1990年代にかけて、科学が実社会に利益をもたらすプロセスの説明として、線形モデルまたはリニア・イノベーション・モデルと呼ばれる考え方が注目を集めました。科学における線形モデルとは、基礎研究(Basic research)に始まり、応用研究(applied research)、開発(development)を経て、最終的には生産と拡散(production & diffusion)を通じて経済的価値が社会に還元される、という考え方です(Godin 2006)。しかし、基礎研究から経済的価値の還元までを直線的な関係として想定したこのモデルは、現在では批判的に論じられています(例えばKline & Rosenberg 1986; Godin 2006など)。

さまざまな応用研究や技術開発が基礎研究の結果に基づいていることは厳然たる事実です。しかし、基礎研究全体を見渡した時、その成果が社会の経済的利益として結実する例は限られており、基礎研究を重ねていけば、いつかその結果が社会に経済的価値として還元される、という説明は適切ではありません。基礎研究と応用研究では、根本にある目的が全く異なっており、そもそも基礎研究は、研究結果を経済的な価値として結実させることを、その目的としていないのです。

それにも関わらず、現在でも社会に対する説明のしやすさを理由に、線形モデルが研究者の中に生き残っているとする見方があります。2001年に行われた「線形モデルの終焉について」と題した講演において、当時日経BP編集委員の西村吉雄氏は、『ほんとうは研究だけしたい研究者が、産業だの経済だのにちっとも興味がないくせに、「基礎→応用、あるいは研究→開発→生産→販売、としてやがて金儲けの種になるんだ」、あるいは「科学→技術→産業という、この矢印の方向で産業を発展させるためには、科学をちゃんとしなきゃいけないんだ」ということを、その研究予算の請求書の冒頭に書くわけですね。とにかく基礎研究をしたい人が予算を獲得するのに非常に好都合だった。』と述べています。

公には「保全」や「持続的利用」を口にしながら、裏に回ると「保全は片手間」「我々は楽しくウナギの研究ができればそれで良い」などと発言するウナギの研究者は数多く存在します。むしろ、大多数を占めるといっても良いかもしれません。これらの研究者の方々は、好奇心を満たす基礎研究として、ウナギを対象にしているのだと考えられます。しかし、予算獲得のための申請書では、「ウナギの持続的利用を実現する」という応用研究としての目的を設定することによって、研究予算の獲得は容易になります。この傾向は、国や施設財団の研究資金を獲得するときにも見られますが、ウナギに関わる業界から研究資金を得る場合は、尚更強くなります。このため、「ウナギの保全」「ウナギの持続的利用」といった応用研究の看板を掲げながら、内実では基礎研究を進める例が数多く見られます。

私が専門とする保全生態学は、応用研究を行う学問分野です。このため、私は応用研究の立場にあるわけですが、ウナギの基礎研究を行うことに対して決して反対ではなく、むしろ賛成です。基礎的な知見は応用研究で活用することができますし、何より生命の謎が解き明かされ、人間が世界の仕組みを理解していくことは、非常に重要であると考えているためです。しかし、現在の日本の科学政策では、基礎研究が軽視され、経済的価値に直結する研究ばかりが偏重されています。このため、西村吉雄氏が指摘したように、基礎研究を行う研究者が、応用研究の「振り」をせざるを得ない状況になっているのです。この状況は、基礎研究を行なっている研究者にとって、不幸なことです。そして、当然応用研究に対しても悪影響があります。応用研究に分配されるべきリソースが、応用研究を標榜した基礎研究へ分配されることによって、適切な応用研究の促進が阻害される可能性があるためです。

日本において、科学をめぐる状況に問題があることは明らかです。しかし、ニホンウナギの持続的利用を実現するためには、現在のまま応用研究を標榜した基礎研究ばかりを継続するわけにはいきません。「ニホンウナギの持続的利用」そのものを明確な目的に設定した、適切な応用研究を押し進めることが必要とされています。

研究者の責任
ウナギの持続的利用を実現するにあたって、研究者が果たすべき役割は大きく二つあります。一つは、研究を進めること、もう一つは、研究で得られた知見を元に、対策を提言することです。

研究については、これまで述べてきたように、「ウナギの持続的利用」を目的として設定した、適切な応用研究を促進することが重要になります。研究を進めるにあたっては、研究課題の重要度を考慮し、限られたリソース(予算、時間、人員)を適切に配分する必要があるでしょう。研究によって得られると予測される結果から、どのような対策を社会に実装するのかについて考え、議論しながら進めていくことが重要です。

もう一つの重要な役割は、研究で得られた知見に基づき、持続的利用を実現するための対策を提案することです。このとき、研究者は中立の立場から、科学的に「正しい」知見を伝えるべきでしょうか。私は、そのようには考えていません。過去の記事で書いたように、研究者であっても、それぞれの理念は異なり、利害関係もあります。このため、どのような場合であっても、完全に中立な立場はあり得ません。

研究者にとって重要なことは、独立している、ということです。期限なしで雇用されている、つまり、定年までの雇用がある程度保証されている研究者は、ウナギが増えても減っても、ウナギの値段が高くなっても安くなっても、支給される給与にほとんど影響はありません。ウナギをめぐる関係者、特にウナギで生業を立てている方々について考えると、ウナギの状況は収入の多寡に直結します。これに対して、研究者の収入は、ウナギの状況とは独立しています(期限付き雇用の研究者の場合、ウナギの調査研究に関する予算が削減されると職を失う可能性がありますので、この議論からは除外して考えます)。

所得以外の立場について考えると、研究者の中でも、国立、県立など公立の研究所に所属している研究者については、政治や行政の影響を強く受ける場合があります。しかし、大学に所属している研究者は、政治と行政の影響からも独立しています。経済的にも政治的にも独立性の高い大学の研究者は、科学的な知見と自身の信条に従って発言することができます。独立性の高い立場を利用して、業界や行政に「忖度」することなく、科学的知見と信念に基づいて、行うべき対策を提案することが、研究者の果たすべき役割です。少なくとも、私はそのように考えています。

自身の責任
この連載の中でも、または当研究室(Kaifu Lab)の他のブログ記事、著書、講演会や新聞記事などでも、ウナギで生計を立てている方々が不利益と感じる、または不快に感じる内容も書き、話してきたことは自覚しています。行政への批判も多く口にしてきました。ときには直接的に、または間接的に、業界の方からも、行政の方からも、「これ以上ウナギ業界に不利な内容を話さないように」と介入されたこともありました。しかし、自分が書き、話している内容は、現在私が知るところの最善の科学的知見に基づいて、ウナギの持続的利用を実現するために必要と信じている事柄です。その内容を、関係者に憚って曲げることなく、率直に公開することが、大学に雇用されている研究者としての、自身の責任だと考えています。

当然、提案は一方的に押し付けるものではなく、ステークホルダーとの対話を通じて修正され、実現されてゆくものです。しかし、対話によって合意を形成し、問題を解決に導くためには、適切な情報共有と、率直な意見交換が不可欠です。今後も、ブログや書籍、新聞記事や講演会などを通じて、可能な限り正確に現状をお伝えするとともに、自分が正しいと考えている対策を提案していく所存です。

引用文献
Godin B (2006) The linear model of innovation: The historical construction of an analytical framework. Science, Technology, & Human Values 31.6, 639-667.
Kline, SJ, Rosenberg N (1986) An overview of innovation. The positive sum strategy: Harnessing technology for economic growth, 14, 640.
Tanaka E (2014) Stock assessment of Japanese eels using Japanese abundance indices. Fisheries Science 80, 1129-1144.


今回をもって、序章から数えて10回の「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」の連載を終了します。短い間でしたが、お付き合いありがとうございました。連載は終わりましたが、ウナギの問題は深刻化する一方です。消費者を含む、あらゆるステークホルダーが協力し、解決に近づけていく必要があります。微力ながら、その一助となれるよう努力していきたいと考えています。

連載「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠
5:より効果的なウナギの放流とは
6:新しいシラスウナギ流通
7:行政と政治の責任
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任
9:まとめ 研究者の責任

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