日本初 持続的なウナギ養殖を目指す  岡山県西粟倉村エーゼロ株式会社の挑戦

日本初 持続的なウナギ養殖を目指す
岡山県西粟倉村エーゼロ株式会社の挑戦

2018年4月2日は、ニホンウナギにとって記念すべき日となりました。この日ついに、客観的な指標に基づいて、持続的なニホンウナギの養殖に取り組むことを、ある企業が発表したのです。

持続的なウナギ養殖を目指すのは、岡山県北部の西粟倉村にあるエーゼロ株式会社です。エーゼロ株式会社は、持続的な水産養殖の認証制度を運営する水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council, ASC)の基準に従い、近々認証機関による審査を受けることを予定しています。ASCの審査によってギャップ(解決すべき課題)を明らかにし、「持続的なニホンウナギの養殖」という、遠い遠いゴールへの到達度合いを確認しながら対策を進めます。国際的に認められているASCの基準に基づいてゴールを設定し、審査を通じて現状を確認しながら状況を改善することで、確実にゴールに近づくことができます。ASCのような客観的な指標に基づく取り組みは、ニホンウナギでは初、世界でも稀有な例でしょう。

エーゼロ株式会社は、「人や自然の本来の価値を引き出し 地域の経済循環を育てていく」ことを掲げるベンチャー企業です。代表の牧さんは、森林管理協議会(Forest Stewardship Council, FSC)の認証を受けた、持続可能な林業に基づく地域おこしを西粟倉村で推進した方々の一人です。ウナギを通じて持続可能な資源利用、地域の循環経済がどのように進められるのか、注目されます。

今回の取り組みは、ニホンウナギの養殖や流通の世界から見れば、あまりにも規模の小さなものですが、その重要性は非常に大きなものです。これまで客観的な基準に基づいて、ニホンウナギ養殖の持続可能性やトレーサビリティに挑戦する企業はありませんでした。このため、消費者は持続不可能で違法性の疑われる商品しか選択することができなかったのです。今回のエーゼロの取り組みの公表は、消費者が商品選択を通じて、持続可能なウナギの養殖を応援できる、新しい時代の到来を告げるものです。今後、このような取り組みが広がっていくことを願います。

エーゼロ株式会社のウェブサイト
https://www.a-zero.co.jp

以下、エーゼロ株式会社のプレスリリースに対して公開したコメントです。エーゼロ株式会社が行うウナギ放流調査にも言及しています。当初リリースは4月3日の予定でしたが、途中で2日に変更になったため、あらかじめ4月3日付で準備していたコメントが前日に発表されることになってしまいました。
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ニホンウナギの持続的利用を目指す取り組み『西粟倉から世界へ〜人と二ホンウナギの持続可能な関係づくりを目指す』に関するコメント

2018年4月3日
海部健三

ニホンウナギの現状
国内の河川や湖沼におけるニホンウナギの漁獲量は、1960年代には3,000トンを超える年もあったが、2015年には68トンにまで減少している。このような状況を受け、2013年2月には環境省が、2014年6月には国際自然保護連合(IUCN)が、相次いで本種を絶滅危惧種に区分したことを発表した。

ニホンウナギは、天然の、再生可能な資源であり、再生産速度を超えて利用されれば、資源量は減少する。ニホンウナギを持続的に利用するためには、利用速度を低減させ、再生産速度を増大させる必要がある。ウナギの場合、利用速度の低減は、漁獲量の削減によって実現できる。また、再生産速度の増大は、生息環境の回復を通じて実現することが可能である。

利用速度については現在、日本、中国、韓国、台湾の4カ国・地域で、養殖に用いるウナギ稚魚の量を制限している。しかし、その上限量は78.7トンと、2016年漁期における実際の漁獲量40.8トンの倍近くで、実質的には取り放題に近い状態にある。河川や沿岸域などウナギが生息する環境の回復については、堰やダムなどによる遡上の阻害を解消し、生息可能な水域面積を拡大することの重要性が、環境省と水産庁の調査で明らかにされている。にもかかわらず実際には、「石倉カゴ」と呼ばれる器具の設置など、科学的根拠に乏しく、優先順位の低い対策が行われている。加えて、国内で養殖に用いられているウナギの稚魚のうち、半分以上が違法行為を通じて流通している。ニホンウナギをめぐる状況は、末期的と言わざるを得ない。

エーゼロの取り組みの意義
このような困難な状況の中、エーゼロ株式会社(以下「エーゼロ」)が「持続的なニホンウナギの養殖」を目指し、行動を開始することを歓迎する。エーゼロの取り組みの最大の特徴は、水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council, ASC)の考え方を基礎に置くことにある。ASCは国際的な水産養殖の認証制度で、その基準は資源の持続的利用にとどまらず、法令遵守、養殖場の立地する環境への配慮、不当労働行為の防止、地域への貢献など、多岐に渡る。数多く存在する認証制度の中でも基準が厳しく、したがって信頼性の高い制度である。

モニタリングや「石倉カゴ」の設置、放流など何らかの取り組みを行うことによって、ウナギの持続的利用に貢献しているかのようにアピールしている組織や企業は数多く存在する。しかし、ASCのような、客観的で明確な基準に照らし合わせて持続性を担保しようとする動きは非常に珍しい。ニホンウナギでは、私の知る限り世界で初めての例である。

残念なことに、ニホンウナギの資源状態を考えたとき、ASC認証を取得することは困難だろう。しかし、ASCの基準に基づいてギャップ解析を行えば、解決すべき課題を明確にすることができる。それら明確にされた課題に取り組むことによって、「持続可能なニホンウナギ養殖のモデル」、つまり、他の多くの養殖業者が同じようにニホンウナギの養殖を行えば、ニホンウナギの持続的利用が可能になるような雛形を作り上げることが、可能になるはずだ。ASCの考え方に基礎をおいたエーゼロの取り組みは、「持続可能なニホンウナギ養殖のモデル」の開発を通じて、誰もが不可能と考えてきた、ニホンウナギの持続的利用を実現させる可能性がある。

放流手法の開発試験について
ニホンウナギ資源の増殖を目的として、日本の河川や湖では大量のウナギが放流されている。しかし、ウナギ放流の資源量回復に対する効果は未だ明確にされておらず、国際海洋探査機構(ICES)のウナギ放流作業部会は、『放流による総合的な利益を評価するための知見は、限りなく弱い』と報告している。効果が不明確なだけでなく、ウナギの放流は、外来種の侵入、病原体の拡散、性比の撹乱、低成長個体の選抜などを通じて、ウナギ個体群に悪影響を与える可能性も想定される。

一方、ウナギの放流に関する研究が進んでいるヨーロッパウナギでは最近、3g程度以下の個体の生残率と成長率が高いと報告されている。日本のウナギ放流では一般的に、10gよりも大きい個体、場合によっては200g程度の食用のサイズの個体も放流されている。放流個体のサイズの大きさが、日本のウナギ放流における問題点の一つである可能性が高い。

エーゼロの放流調査では、短期間のみ飼育を行った3g程度以下の個体の放流を行い、その成長と生残を追跡する。3g程度以下の小さな個体は、放流後の高い生残と成長が期待されるだけでなく、飼育期間が短いため、病原体のキャリアとなるリスクが低い。また、このサイズは性決定以前であり、性比の偏りも生じにくい。さらに今回は、体サイズによる選抜を行わず無作為で半数の個体を放流用に用いるため、低成長個体が選択的に自然界に放されることもない。

小さなウナギの放流実験が必要であることは明らかであったが、放流用の小型ウナギは高価で入手が難しく、これまでニホンウナギでは実験が行われていなかった。今回、エーゼロが入手したシラスウナギの半数を放流に用いるよう判断したことから、ニホンウナギでは世界で初めて、3gという小型の個体の標識放流調査を行うことが可能になった。

なお、3g程度以下の個体の放流実験の比較対象として、地元の漁業協同組合が放流用に購入する、比較的大型(10-30g程度)の個体も同一の調査水域に放流し、追跡する。また、水産庁が2016年より行っている「効果的な放流手法検討事業」(中央大学が標識放流調査を担当)と同じ調査手法を用いることにより、互いの結果を比較可能にする。放流後のウナギの生残・成長の状況を把握し、従来型の放流と比較することによって、ウナギ資源の増大に資する、適切な放流手法の検討が可能になると期待される。

ただし、放流はそれ自体が人為的な自然環境の操作であり、既存のニホンウナギ個体群や生態系に悪影響を生じさせる可能性がある。このため、放流せずにニホンウナギを持続的に利用することが可能になった場合は、放流は中止すべきである。放流それ自体が目的となるべきではなく、あくまで選択し得る手段の一つであることに、留意が必要である。

利益相反の可能性について
私は国際自然保護連合(IUCN)における、種の保存委員会(SSC)ウナギ属専門家グループ(AESG)の、アジア圏で唯一のメンバーとして、ニホンウナギを含むウナギ属魚類の絶滅リスク評価に関わっている。当然、評価に関して中立の立場を堅持する必要があるが、その一方で、ニホンウナギを商材として扱うエーゼロにとっては、IUCNレッドリストにおける本種のカテゴリーが、組織の利害に関係する可能性がある。エーゼロと私の職務には利益相反が成立する場合が想定されるため、中央大学法学部海部研究室および中央大学ウナギ保全研究ユニット、またはそこに所属する個人は、エーゼロから報酬、謝金、旅費、機材・消耗品の購入費など、一切の金銭的な支援を受けていない。また、今後も受けない。調査や打ち合わせについて、中央大学が必要とする費用は、中央大学法学部海部研究室および中央大学ウナギ保全研究ユニットが負担する。

 

海部健三
中央大学法学部 准教授
中央大学ウナギ保全研究ユニット ユニット長
国際自然保護連合(IUCN)種の保存委員会 ウナギ属魚類専門家グループ
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