ニホンウナギは絶滅しないのか?

「個体数の多いニホンウナギは絶滅しない」という主張を時々目にします。この問題について,他の生物種と比較しながら整理してみました。

ニホンウナギは絶滅しない?
日本の河川では、2013年に149トンのウナギの漁獲が記録されています(漁業養殖業生産統計)。1個体の体重を500gと大きめに見積もっても、29万8000個体であり、漁獲されていない個体や、河川ではなく沿岸域に生息する個体、日本以外の国々に分布する個体を含めれば、数百万、または一千万以上の個体数になるでしょう。その一方で、IUCN(国際自然保護連合)のレッドデータブックで同じEndangered(絶滅危惧IB類)にランクされているジャイアントパンダの個体数は、1000から2000頭と推測されています(Lü & Garshelis 2008)。

産卵場の安全性も、絶滅リスクを考えるうえで重要な意味を持ちます。産卵場が利用できなくなるなど、繁殖が阻害されると、種の絶滅リスクは大幅に高まります。現在、淡水魚の多くがその数を減らし、絶滅の危機にあるとされていますが、彼らの多くは、人間活動の影響を強く受ける、淡水域で産卵を行います。一部の種では、人間の活動によって産卵場が破壊される、または産卵場へ移動する経路が断たれるといった影響が、個体数の減少に大きな影響を与えています。例えば、国の天然記念物に指定されているイタセンパラやミヤコタナゴを含むタナゴ類には、絶滅が危惧されている種が多く含まれます。彼らはイシガイなどの二枚貝の中に卵を産みつける、特殊な産卵生態を持っているため、産卵の対象となる二枚貝の数が少なくなれば、個体群は大きな打撃を受けます。

ニホンウナギは個体数が多く、産卵場は比較的安全な遠い外洋にあるため、絶滅リスクは低いのではないか、と考える方もいるようです。

個体数が多い生物の絶滅
狩猟や漁業、開発といった人間の活動によって、野生生物の絶滅確率は100から1000倍に増加したと考えられています(Pimm et al. 1995)。一般的に絶滅確率が高いのは、島嶼部などに生息する、個体数が少なく、分布域の狭い動植物です。しかし、一説には50億以上と、世界最大級の個体数を誇ったリョコウバト(Ectopistes migratorius)は、100年あまりで激減し、1914年に絶滅しています(Bucher 1992)。リョコウバトの絶滅の主要な原因は、狩猟と生息域の環境変化(特に森林の伐採)であったと考えられています(Bucher 1992)。

リョコウバトの悲劇を見る限り、ニホンウナギは個体数が多いから絶滅しない、とはいえないようです。

個体数が多く、産卵場がおびやかされていない生物の激減
同じように、ユーラシア大陸全域に分布し、北半球で最も個体数が多い鳥類のひとつだったシマアオジ(Emberiza aureola)も減少を続け、その絶滅が危惧される状態に陥っています。最近発表された研究では、1980年には数億個体が生息していたにも関わらず、2013年までに個体数は84.3%から94.7%減少したと推測されています(Kamp et al. 2015)。シマアオジのおもな減少要因は、狩猟であると考えられています(Kamp et al. 2015)。

シマアオジは、「渡り」を行います。渡りとは、季節によって住む場所を変える、鳥の行動を指します。魚類の場合は回遊と呼ばれますが、英語ではどちらもmigrationです。シマアオジは、ユーラシア大陸北部で産卵してヒナを孵し、東南アジアで越冬します。秋にはユーラシア大陸から中国の沿岸域を経由して東南アジアへ向かい、春には再び東南アジアから中国沿岸を経由して、それぞれの産卵場へと拡散します。シマアオジの渡りのルートである中国では、食用の野鳥としてシマアオジの人気が高く、多くの個体が渡りの途中で捕獲されます。シマアオジの捕獲は1997年に禁止されましたが、違法な狩猟が後を絶たないそうです(Kamp et al. 2015)。(なお、リョコウバトも渡りを行いますが、渡り行動と絶滅との関係が明確にされていないため、ここではリョコウバトの渡りについては議論しません。)

渡りを行う鳥類の多くは、生活史を完結させるために渡りを行っています。このため産卵場が安全であったとしても、渡りのルートの一部を阻害されることによって、個体群の存続が危ぶまれる、または絶滅することが想定されます。

ニホンウナギとリョコウバト、シマアオジの共通点
個体数の多いニホンウナギは、その他の点でもリョコウバトやシマアオジと共通点を持っています。そのひとつとして、いずれも食用とするため、ほとんど無規制に消費されている(またはされた)ということが挙げられます。リョコウバトの場合も、「個体数が多いから大丈夫だろう」との考えのもと、捕獲の規制がなされないまま絶滅に至ったといわれています。

渡りや回遊を行うことも、三種に共通しています。ニホンウナギはグアムにほど近い、マリアナ諸島の北西海域で産卵し、生まれた子どもは東アジアの沿岸域まで海流によって流されて河川や沿岸域で成長し、再びマリアナの産卵場へと帰っていきます。

通し回遊魚の脅威
回遊を行う魚類のうち、ニホンウナギのように、一生の中で海と川の両方を利用する生態を「通し回遊」といいます。渡りを行う鳥類と同様に、回遊を行う魚類の場合、回遊ルートの一部が阻害されることによって、子孫を残すことが難しくなり、個体数を激減させる可能性があります。特に海と川を行き来する通し回魚には注意が必要です。人間から遠く離れた海洋の中だけを回遊する魚類と違い、通し回遊魚は人間に近い河川や湖を、その生活史の一部で利用するために、人間の活動によって回遊ルートが阻害されやすいのです。

ニホンウナギのような通し回遊魚は一般的に、決まった季節に、決まった場所を、決まった方向に移動します。行動の多様性が低下する回遊期には、回遊ルートで待ち構えている人間に、魚は容易に捕獲されてしまいます。ニホンウナギであれば、冬から春にかけて稚魚であるシラスウナギが東アジア沿岸の河口域に進入するので、たも網(手に持つ柄のついた網)で救い取ることができます。ふくろ網(設置型の網)を使えば、下流から上流へ向かうシラスウナギを一網打尽にすることも可能です。河川や沿岸域で成長し、成熟を開始した個体は産卵に参加するため、秋から冬にかけて河川を下って海に出ます。梁(やな)で川を仕切ってしまえば、ひとつの川から産卵に向かうほとんど全てのウナギを捕獲することができます。

通し回遊魚の回遊ルートにおける脅威は、食用とするための漁獲だけではありません。河川には治水や利水のために、河口堰やダム、落差工などさまざまな河川横断構造物が設置されています。これらの構造物は、物理的な障害として、ニホンウナギなど通し回遊魚の移動を阻みます。

水の中を泳ぐ回遊魚は、空を飛ぶ渡り鳥比較して、人間の影響が強いと考えられます。水は人間に近く、漁業や運送業などの経済活動が行われる場所であり、治水や利水のための構造物が建設される場所であり、また、農業排水、工場排水、生活排水などによって、容易に汚染されます。個々の生物種で事情は異なるでしょうが、このような特性を考慮すると、一般的に通し回遊魚が渡り鳥よりも絶滅しにくいとは、考えにくいようです。

ニホンウナギは絶滅しないのか
リョコウバトの絶滅、シマアオジの個体数激減、そして通し回遊魚特有の回遊ルートの脅威を見てみると、個体数が多いから、産卵場が比較的安全だからといって、ニホンウナギの絶滅確率が低いと考えるのは早計ではないでしょうか。

個体数の多寡は、絶滅リスクを考えるうえで重要な指標でしょう。しかし、それぞれの生き物の特性を考慮せずに、個体数が多いから絶滅リスクが低い、と考えるのは誤りです。特に、シマアオジの例にも見られるように、渡りや回遊を行う動物は、回遊ルートの阻害によって、個体群は大きな打撃を被る可能性があることに注意が必要です。

ここまで、絶滅の脅威について考えてきましたが、反対に、個体群が回復する要素についてはどうでしょうか。ニホンウナギの個体数を増加させるような要因は、ほとんどありません。前述のジャイアントパンダやイタセンパラ、ミヤコタナゴについては、捕獲が全面的に禁止され、繁殖を進める施設が設立されるなど、手厚い保護が行われています。これに対してニホンウナギの場合は、日本だけでも年間に149トン以上の「天然ウナギ」が河川で捕獲され(2013年)、2万トン以上の国内産養殖ウナギとともに食用に供されています。また、河川に設置された多くの横断構造物がニホンウナギを含む通し回遊魚の回遊を阻害しています(2005年の時点で堤高15m以上の大型ダムの数は2675基。数は世界第4位、密度は第3位(Yoshimura et al. 2005))。現状を維持する限り、ニホンウナギは個体数を減少させることは確実であり、リョコウバトと同じ道をたどる可能性を否定することはできません。

予防原則という考え方
「ニホンウナギは絶滅する可能性がある」との情報を、どのように捉えたら良いでしょうか。「絶滅する可能性がある」は、「絶滅しない可能性もある」と読み替えることが可能です。また、その可能性がどの程度なのか、とても低いのか、ある程度高いのかという問題もあります。ここで重要になるのが、予防原則という考え方でしょう。

生き物の絶滅は、取り返しがつきません。生物の絶滅のように、結果が重大である事柄については、最悪の事態を想定して行動するのが、予防原則の考え方です。例えば、目の前に壊れかけた(実際には壊れかけているように見える)橋があったとします。渡ったら壊れるかもしれないし、壊れないかも知れません。橋が架けられている場所はある程度の高さがあり、壊れて落ちたら怪我をしそうです(落ちたときの被害は大きい)。このようなときに、渡らないと判断するのが、予防原則に沿った考え方になります。

「個体数が多いから絶滅しない」と考え、ニホンウナギの状況を放置し、無規制な消費を続けることは、壊れかけた橋を渡る行為です。橋を渡っても壊れない可能性はあります。しかし、それはリスクの高い博打に過ぎず、そのような博打を受け入れる社会に、持続的な発展は望めないでしょう。ある程度の不確実性はあっても、絶滅リスクを回避するために、早急に行動を起こす必要があります。

引用

  • 農林水産省 漁業養殖業生産統計
  • Bucher, Enrique H. “The causes of extinction of the Passenger Pigeon.” In Current ornithology, pp. 1-36. Springer US, 1992.
  • Kamp, Johannes, Steffen Oppel, Alexandr A. Ananin, Yurii A. Durnev, Sergey N. Gashev, Norbert Hölzel, Alexandr L. Mishchenko et al. “Global population collapse in a superabundant migratory bird and illegal trapping in China.” Conservation Biology (2015).
  • Lü, Z, Wang, D. & Garshelis, D.L. (IUCN SSC Bear Specialist Group) 2008. Ailuropoda melanoleuca. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2015.1. <www.iucnredlist.org>. Downloaded on 06 June 2015.
  • Pimm, Stuart L., Gareth J. Russell, John L. Gittleman, and Thomas M. Brooks. “The future of biodiversity.” Science-AAAS-Weekly Paper Edition 269, no. 5222 (1995): 347-349.
  • Yoshimura, Chihiro, Tatsuo Omura, Hiroaki Furumai, and Klement Tockner. “Present state of rivers and streams in Japan.” River research and applications 21, no. 2‐3 (2005): 93-112.

 

コメントは停止中です。