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2018年漁期シラスウナギ採捕量の減少について    その4 ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その4 ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠

海部健三
中央大学法学部
国際自然保護連合(IUCN) 種の保存委員会ウナギ属魚類専門家グループ

要約

  1. 複数の国に分布する国際資源であるニホンウナギを保全するには、関係各国が国内法を整備するための根拠となる条約が必要
  2. 第67条「降河性の種」を含む国連海洋法条約は、ニホンウナギの保全と持続的利用の推進に資する可能性が高い
  3. ニホンウナギの漁獲量の管理、および成育場環境回復に関する対策は、国連海洋法条約を遵守しているとは考えにくい

保全の先進国EUと東アジアの違い
ウナギの保全に向けた取り組みが最も進んでいるのは、ヨーロッパウナギが生息しているEUです。ヨーロッパウナギは1970年代より激減し、IUCNによって絶滅の危険性が最も高いとされる「Critically Endangered(絶滅危惧IA類)」に区分され、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora, 略称「CITES」、通称「ワシントン条約」)によって、国際取引を行うには輸出国による許可が義務付けられています。輸出許可には、当該取引が個体群の維持に悪影響を及ぼさないことを科学的に証明する必要があります(Non-detriment findings, 無害証明)。EUは、ワシントン条約よりも厳しい判断を下し、無害証明の有無に関わらず、ヨーロッパウナギの域内取引を全面的に禁止しています。

ヨーロッパウナギの保全を目的として、EUは2007年にCOUNCIL REGULATION (EC) No 1100/2007「establishing measures for the recovery of the stock of European eel」を定めました。英国環境庁(Environment Agency)は、この法律を根拠として「The Eels (England and Wales) Regulations 2009」を定め、2010年より施行しています。この規則では、例えばイングランドとウェールズに存在する、24時間で20㎥以上取水するあらゆる取水施設を対象として、ウナギの迷入を防ぐ「ウナギ・スクリーン」を、施設管理者の全額負担で設置することを義務付けています。この規則に従い、テムズ川流域の上下水道を供給管理するテムズ・ウォーター社のウォルター取水口には、産卵のために河川を下る銀ウナギの迷入を防ぐため、ハイドロロックス社の「ウナギ・スクリーン」が設置されています。ウォルター取水口の改築にかかった総費用、約7,000万円は、全額テムズ・ウォーター社が負担しており、最終的には水道料金に添加されます(詳しくは過去の記事をご覧ください)。

EU各国は、EUの法律を根拠として国内法を定め、ウナギの保全と持続的利用へ向けた取り組みを進めています。一方、ニホンウナギが生息する東アジアにおいては、日本、中国、韓国、台湾による「ニホンウナギその他の関連するうなぎ類の保存及び管理に関する共同声明 」によって、ウナギ養殖に用いるシラスウナギ(ウナギの稚魚)の利用量を制限する努力目標が掲げられています。しかしながら現在のところ、ウナギの保全を目的とした、国をまたぐ条約など、強制力のある法規則は存在しません。複数の国に分布する国際資源であるニホンウナギを保全するにあたり、関係各国が国内法を整備するための根拠となる条約が存在しないことが、本種の保全と持続的利用に関する取り組みを阻害している可能性が想定されます。

 

テムズ川のウォルター取水口に設置されたウナギスクリーン。奥がテムズ川、手前が取水施設側。メッシュは1.5mm。全自動洗浄によって目詰まりを防止するシステムになっている。

国連海洋法条約とは
海洋法は、第二次世界大戦後に「海洋法に関する国際連合条約」(United Nations Convention on the Law of the Sea, 略称「UNCLOS」または「国連海洋法条約」)として1982年に採択されました。日本は1983年2月に署名、1996年に批准し、同年7月20日(国民の祝日「海の日」)に発効しています。2017年3月までに、168の国などが批准しました。

「序」には『(前略)海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確立することが望ましいことを認識し、(後略)』と記載されており、海洋水産資源の保全と持続的利用が条約の目的に含まれています。また、第67条には、「降河性の種」として、ニホンウナギを含む降河回遊生態を有する生物の保全と持続的利用について定めています。このため、ニホンウナギの保全を目的とした国内法を整備するための根拠として、この条約を位置づけられる可能性があります。

ウナギ属魚類を含む回遊性の生物に関する国際条約としては、国連海洋法条約の他に「移動性野生動物の保全に関する条約」(Convention on the Conservation of Migratory Species of Wild Animals, 略称「CMS」)が存在し、回遊魚、渡り鳥、ウミガメや大規模な移動を行う哺乳類など、移動性の動物の保全の根拠を提供しています。「移動性野生動物の保全に関する条約」には120以上の国などが批准していますが、現在のところ、日本は批准していません。

第67条 降河性の種
第67条は国連海洋法条約第5部「排他的経済水域」に含まれ、以下のように記載されています。

  1. 降河性の種がその生活史の大部分を過ごす水域の所在する沿岸国は、当該降河性の種の管理について責任を有し、及び回遊する魚が出入りすることができるようにする。
  2. 降河性の種の漁獲は、排他的経済水域の外側の限界より陸地側の水域においてのみ行われる。その漁獲は、排他的経済水域において行われる場合には、この条の規定及び排他的経済水域における漁獲に関するこの条約のその他の規定に定めるところによる。
  3. 降河性の魚が稚魚又は成魚として他の国の排他的経済水域を通過して回遊する場合には、当該魚の管理(漁獲を含む。)は、1の沿岸国と当該他の国との間の合意によって行われる。この合意は、種の合理的な管理が確保され及び1の沿岸国が当該種の維持について有する責任が考慮されるようなものとする。

排他的経済水域(Exclusive Economic Zone, EEZ)については、『排他的経済水域とは、領海に接続する水域』(第55条)であり、『領海の幅を測定するための基線から200海里を超えて拡張してはならない』(第57条)と定められています(1海里は1,852m)。第67条は第5部「排他的経済水域」に含まれることから、条文が適用される範囲は、EEZ、つまり領海の外側からEEZの外側の限界までの範囲とも読み取れます。

「降河性の種」とは、ウナギ属魚類のように、成育場である河川などの淡水域から、産卵のために海洋へ移動する必要のある動物種を指し示します(Tilman & Levin 2001)。このため、実際に降河性の種の管理が必要とされている水域、すなわち定着して成育期を過ごす水域は、領土と領海に限られており、領海の外側にあるEEZは回遊経路でしかありません。このため、第67条がEEZのみに適用されると解釈すると、この条文の存在意義は大きく損なわれ、『海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確立することが望ましいことを認識し、』と記された序文の趣旨にも反します。国連海洋法条約の趣旨を尊重し、第67条はEEZのみならず、領土及び領海にも適用されると解釈するべきでしょう。同様に、降河性の種に関しては、EEZ内の生物資源の保全と利用について定めた第61条及び第62条についても、領土及び領海にも適用されると考えるべきです。そのように考えなければ、領土と領海における人為的な環境改変や過剰な資源の利用によって、『回遊する魚が出入りすることができるようにする』という目標を達成することが困難になる可能性があるためです。

降河性の種の管理責任
ニホンウナギの産卵場はマリアナ諸島西方海域であり、生活史の大部分を過ごす成育場は東アジアにあります。このため日本、中国、韓国、北朝鮮、台湾の五ヶ国・地域のうち、国連海洋法条約に批准しているは日本、中国、韓国の三カ国は、ニホンウナギについて、第67条第1項の定めるところの『降河性の種がその生活史の大部分を過ごす水域の所在する沿岸国』に相当し、『当該降河性の種の管理について責任を有』することになります。

2016年に開催された移動性野生動物の保全に関する条約(CMS)のヨーロッパウナギに関するワークショップで作成された文書では、ヨーロッパウナギの管理責任を有するのは、当該種がその生活史の大部分を過ごす水域の所在するヨーロッパ諸国及び北アフリカ諸国であるとした上で、『当該降河性の種の管理について責任を有し、及び回遊する魚が出入りすることができるようにする』という、国連海洋法条約第67条第1項の文言について、『これらの国々はウナギの生息域に影響を与える脅威を軽減させ、漁獲を制限しなければならないと言い換えられる』としています(Spijkers & Elferink 2016)。ニホンウナギについても同様に考えると、日本、中国、韓国の三ヶ国は、ニホンウナギの管理について責任を有し、その生息域に影響を与える脅威を軽減させ、漁獲を制限しなければならない、と解釈できます。

漁業管理と環境保全の責任
第67条の「降河性の種」の他に、国連海洋法条約では、EEZ内の生物資源の保全と利用に関して、第61条「生物資源の保存」、第62条「生物資源の利用」が存在します。第61条第2項には、『沿岸国は、自国が入手することのできる最良の科学的証拠を考慮して、排他的経済水域における生物資源の維持が過度の開発によって脅かされないことを適当な保全措置及び管理措置を通じて確保する』と定められています。これらの条文より、日本、中国、韓国はニホンウナギについて、最良の科学的証拠を考慮した漁業管理と環境保全の措置を進める責任を有している、と解釈することが可能です。

漁業については、第62条第1項に『沿岸国は、前条の規定の適用を妨げることなく、排他的経済水域における生物資源の最適利用の目的を促進する』とあります。つまり、日本、中国、韓国はEEZの内側に存在するニホンウナギを漁獲する権限を有するが、第61条第2項に基づいて『排他的経済水域における生物資源の維持が過度の開発によって脅かされない』ように、『入手することのできる最良の科学的証拠を考慮して』、『適当な保全措置及び管理措置』を講じなければなりません。現在日本、中国、韓国、台湾の四カ国・地域の「共同声明」によって定められている、養殖に用いるシラスウナギの上限量(78.8トン)は、共同声明が発効した2015年以降の実際の漁獲量(2015年:38.1トン、2016年37.7トン)の2倍程度もあり、漁獲量を制限する効果を発揮していません(詳しくは過去の記事)。78.8トンという、漁獲可能量を大幅に超えた上限量を決定する過程には、科学的な知見が用いられていません。ニホンウナギの漁獲量の管理は、国連海洋法条約第61条第2項を遵守しているとは考えられない状況にあります。

漁獲量の制限だけでなく、生息環境の改善にも同様のことが言えます。2014年に台湾と香港の研究者らによって発表された論文(Chen et al. 2014)によると、日本、中国、台湾、韓国の16河川において、1970年から2010年の間に有効な成育場の76.8% が失われたとされています。2014年、2015年に、中央大学らが環境省の受託事業として行なった調査では、調査対象河川のニホンウナギの分布を決定づける最大の要因は、堰やダムなどの河川横断工作物であると結論づけています(環境省 2015 & 2016)。この調査結果は、専門家による検討会を経て、「ニホンウナギの生息地保全の考え方」(環境省 2017)として公表されました。しかし、ニホンウナギの成育場の環境を劣化させている主要な要因が、河川横断工作物であることが明らかにされているにもかかわらず、行政によって推進されているのは、河川横断工作物への対応ではなく、科学的な根拠に乏しい「石倉カゴ」の設置です(詳しくは過去の記事)。この状況も、国連海洋法条約第61条第2項の趣旨に反している可能性が高いと考えられます。

ニホンウナギの保全と持続的利用を目指して
現在のところ、ニホンウナギの保全と持続的利用に向けた取り組みは、適切に進められているとは言い難い状況です。この状況を打開するためには、関係各国の協力と、対策を進めるための国内法の整備が不可欠です。国連海洋法条約、特に第67条及び第61条、第62条は、その根拠を与えるものではないでしょうか。さらに、条約の第118条「生物資源の保存及び管理における国の間の協力」には、国際協力について次のように記されています。『いずれの国も、公海における生物資源の保存及び管理について相互に協力する。二以上の国の国民が同種の生物資源を開発し又は同一の水域において異なる種類の生物資源を開発する場合には、これらの国は、これらの生物資源の保存のために必要とされる措置をとるために交渉を行う。このため、これらの国は、適当な場合には、小地域的又は地域的な漁業機関の設置のために協力する。』

国連海洋法条約の条文とその精神は、ニホンウナギの保全と持続的利用の推進に資する可能性が高いと考えられます。この記事は保全生態学の立場から、条文の文言についてのみ考察を進めてきました。今後、法学及び政治学的な知見を加え、条約の起草過程からの議論を精査することによって、より包括的な解釈を進めることが必要とされます。

引用文献
Chen J-Z, Huang SL, Han YU (2014) Impact of long-term habitat loss on the Japanese eel Anguilla japonica. Estuarine, Coastal and Shelf Science 151, 361-369.
環境省(2015)「平成26年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務報告書」
環境省(2016)「平成27年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務報告書」
Spijkers O, Elferink AO (2016) Potential for a new agreement on the European eel. UNEP/CMS/Eels WS1/Doc.3
Tilman, D., & Levin, S. A. (2001). Encyclopedia of biodiversity. Encyclopedia of Biodiversity.

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その5:より効果的なウナギの放流とは」を2月26日の月曜日に公開する予定です。これまでTBDとしてきた第7回以降は、それぞれ「行政と政治の責任」、「ウナギに関わる業者と消費者の責任」、「まとめ 研究者の責任」の内容について記載することとしました。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(公開済み)
5:より効果的なウナギの放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:行政と政治の責任(3月12日)
8:ウナギに関わる業者と消費者の責任(3月19日)
9:まとめ 研究者の責任(3月26日)

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について   その3 生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その3 生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜

中央大学 海部健三

要約

  1. ニホンウナギの個体群サイズを回復させるためには、生息環境、特に成育場である河川や沿岸域の環境の回復を通じて、再生産速度を増大させる必要がある。
  2. 河川環境について、優先して取り組むべきは局所環境の回復よりも、河川横断工作物による遡上の阻害の解消。
  3. 「石倉カゴ」はあくまで採集器具であり、ニホンウナギの再生産速度の増大に貢献するとは考えにくい。

生息環境と再生産速度
再生可能な資源の持続的利用は、利用速度が再生産速度を超えていない場合に限って実現されます。このためニホンウナギの個体群サイズを回復させるには、利用速度を低減させ、再生産速度を増大させる必要があります過去の記事で議論したように、利用速度の低減は、養殖に用いるシラスウナギの量に適切な上限を設定するとともに、黄ウナギや銀ウナギなど、いわゆる「天然ウナギ」の漁獲を制限することで実現可能です。利用速度の低減によって産卵に参加するウナギの数が増えれば、再生産速度が増大されることが期待されます。
しかしその一方で、再生産速度の増大には、生息環境の回復も欠かせません。ニホンウナギが生活史のほとんどを過ごす成育場である河川や湖沼、沿岸域などの成育場環境の劣化は著しく、台湾と香港の研究チームが衛星写真をもとに、日本、韓国、中国、台湾の16河川を対象に行った研究では、1970年から2010年にかけて76.8%の有効な成育場が失われたと推測されています(Chen et al. 2014)。

場合によっては、すでに現在、ニホンウナギの再生産速度がマイナスになっている状況すら想定できます。その場合、いくら消費を制限して利用速度を低減させたとしても、ニホンウナギは減少を続けることになります。現在の再生産速度は明らかにされていませんが、消費の制限とともに、成育場環境を回復することで、持続的な利用が実現される可能性がより高まることは、明らかです。

なお、個体群サイズの回復のためには、再生産速度が利用速度を上回ることが重要ですので、再生産速度がマイナスになっている可能性があることが、利用速度の低減(消費量の削減)を進めない理由にはなりません。利用速度は理論上マイナスにならないため、再生産速度がマイナスであれば、利用速度は確実に再生産速度を上回っています。不幸にも再生産速度がマイナスであった場合は、利用速度をゼロに近づけなければ、再生産速度が増大してかろうじてゼロを上回ったとしても、個体群は減少を続けます。このため、生息環境の回復を通じた再生産速度の増大と、消費量の削減を通じた利用速度の低減は、必ずセットで進める必要があります。

ニホンウナギ分布の制限要因はダムや堰などの河川横断工作物
2014年度、2015年度に環境省はニホンウナギの調査を行いました(環境省 2015 & 2016)。著者が研究代表を務めたこの調査では、全国5水系、135地点で得られたデータをもとに、ニホンウナギの個体数密度と相関のある環境要因について考察しています。調査を始めるにあたって、個体数密度に影響を与える要因として想定されたのは、河口からの距離、遡上を妨げる河川横断工作物、水際の状況(河岸がコンクリートで覆われているか、土と植生があるか、など)、底質(砂泥、石、岩盤などの相違)、水深、流速、水温、pHです。解析の結果、個体数密度と相関を持つと判断されたのは、河川横断工作物のみでした。なぜ、このような結果が得られたのでしょうか。

以下に示す二つの写真は、どちらも環境省の受託事業として、中央大学等がウナギの定量的採集を行なった場所です。採集されたウナギの個体数密度は、住用川が0個体/ha、鯉名川が277個体/haでした(なお、住用川にはオオウナギ、鯉名川にはニホンウナギが主に生息しています)。コンクリート護岸に覆われた鯉名川の調査地点でウナギの個体数が多く、自然度の高い住用川の調査地点で全くウナギが確認できなかった理由は、どこにあるのでしょうか。

住用川(鹿児島県)の調査地点
奄美大島を流れる

鯉名川(静岡県)の調査地点
南伊豆を流れる青野川の支流

鯉名川の調査地点の下流側には、ウナギの遡上を阻害する河川横断工作物が一つも存在しません。これに対して、住用川の調査地点の下流側には、堤高25mの住用ダムが存在します。ウナギは産卵場のある海から、成育場である河川へと進入するため、ダムや堰などの河川横断工作物によって遡上が妨げられている場合、その上流にどんなに好適な生息環境があったとしても、利用できないのです。実際に、アメリカのラッパハノック川においては、2004年に行われた下流部の堰(エンブレー堰)の撤去後、上流域でアメリカウナギ個体数が有意に増加しています(Hitt et al. 2012)。

住用ダム
水力発電を目的として建設された。住用ダムの下流には、高低差30mの滝も存在する。個体数は少ないが、これらの滝とダムを超えて上流にまで遡上するオオウナギが存在することも確認している。

環境省が2017年に発表した「ニホンウナギの生息地保全の考え方」(環境省 2017)には、以下のように記されています。『ニホンウナギが遡上可能な水域については、局所的な環境を保全・回復することで、より多くの個体が生き残り、成長して産卵に参加できることが期待される。』この文章は、遡上が困難な水域について局所環境の回復を進めても、ニホンウナギの個体群サイズを回復させる効果は期待できない、と読み替えることができます。

ニホンウナギの個体群サイズの回復を目的として、成育場である河川の環境を回復させる時、まず初めに手をつけるべきは、河川横断工作物による遡上の阻害の解消です。個体数密度が高くなると餌などの資源をめぐる競争によって、生存できない、または生存しにくくなる個体が現れる可能性が想定されます。このため、河川横断工作物による移動の阻害を解消し、より広い成育場をニホンウナギに解放することで、個体群の再生産速度が増大されることが期待されます。川と海のつながりを回復することが、外洋で産卵し、河川で成育する本種の再生産速度の増大につながるのです。

ウナギの遡上を妨げている可能性のある河川横断工作物が存在する場合は、まず撤去の可能性を考えることが重要です。多くのダムや堰、落差工などは治水、利水を目的として建設されていますが、水田の減少といった社会の変化とともに、その役割を失いつつあるものもあります。例えば、熊本の荒瀬ダムは、水力発電のために建設されましたが、ダムなしでも地域の電力が安定して供給される見通しが立ったため、2011年より撤去を開始しています。このほか、技術の進歩や生態系インフラストラクチャーの考え方の導入によって、必ずしも横断工作物に頼らなくとも、治水や利水に関する当初の目的を達成できる場合も考えられます。「河川横断工作物の撤去は不可能」と、初めから決めつけないことが重要です。

その必要性から、どうしても撤去が困難であることが明らかになった場合は、次善の策として、魚道を設置する方法が考えられます。例えば環境省の「ニホンウナギの生息域保全の考え方」には、簡易的な魚道が紹介されています。また、英国には、ウナギに特化した様々な魚道を紹介するガイドラインが存在します。日本ではウナギの魚道の研究はまだまだ進んでいないので、英国など先進的な知見を参考に、実践的な研究を進めていく必要があります。魚道の設置も困難である場合や、または魚道が設置されるまでの期間、緊急避難的に行う措置としては、障害物を超えて個体を移送する「汲み上げ放流」が考えられます。しかし、汲み上げ放流で救われるのは対象とされる生物種(この場合はウナギ)のみです。特定の種の保全のみを目標とするのではなく、可能な限り、移動を阻害している根本的な原因を取り除くことが推奨されます。

遡上を助けるだけでなく、降河に関する配慮も重要です。ヨーロッパでは、水力発電のタービンや排水ポンプのスクリューによって、産卵へ向かう銀ウナギが傷つけられる問題が注目されています。まずは遡上できなければ意味がありませんが、遡上したのち、安全に川を降ることができる環境を準備する必要があります。

水力発電の排水口前にあったモクズガニの殻

排水口前のモクズガニの殻(拡大)
水力発電のタービンに巻き込まれたと考えられる

「石倉カゴ」はウナギを救うのか?
前述のように、河川横断工作物による遡上の阻害が、本種の分布の制限要因となっていることが明らかにされています。それにもかかわらず、実際にニホンウナギの生息環境の回復として行われている取り組みには、比較的優先順位の低い、局所環境の回復に関する事例が多く見られます。

代表的なものが「石倉カゴ」です。「石倉」とは、こぶし大の大きさの石を川に積み上げ、石の隙間をかくれ場所として利用する水生動物を捕獲する、伝統的な漁法です。柵頼信夫氏が作成した「江戸前・ウナギ保護再生デザイン」によれば、『稚魚シラスウナギから親ウナギ・各成育段階のウナギに棲み処を提供するもので、川の中に石を山のように積んで、そこに入ったウナギを漁獲する伝統漁法石倉と伝統土木工法蛇カゴの両者を組み合わせ、ネットの石積空間をウナギの棲み処にしたもの』が「石倉カゴ」とされています。

それでは、「石倉カゴ」の設置によってニホンウナギの生息環境を改善し、個体数を増加させることが可能でしょうか。現在得られている知見からは、困難であると考えられます。まず、「石倉カゴ」が提供するとされている「かくれ場所」の不足が、ニホンウナギの減少に関与していることを示す、科学的な知見が存在しません。前述のように、環境省の調査では、個体数密度に影響を与える要因は河川横断工作物のみであり、川底や水際の状態との関係を見出すことはできませんでした(環境省 2015 & 2016)。少なくとも環境省の行なった調査事業では、「かくれ場所」は、ニホンウナギの分布を制限する主要な要因ではない、との結果が得られています。

もちろん、ニホンウナギにとって川底や水際の状態はどうでも良い、ということではありません。遡上に関する条件が同程度であれば、水際がコンクリートで覆われた水域では、土手の水域と比較して、ニホンウナギの個体数密度が低く、成長速度が遅く、肥満度が低いという報告がなされています(Itakura et al. 2015a)。また、コンクリート護岸の多い水域で漁獲量の減少が大きいという報告もあります(Itakura et al. 2015b)。遡上可能な水域においては、局所環境を改善することは、非常に重要です。

しかしながら、「石倉」はあくまで一つの漁法であり、タコツボのように、隠れ場所を提供する効果しか期待できません。「石倉カゴ」に集まるウナギは、カゴが設置される以前から、その周辺に生息していた個体であり、「石倉カゴ」の設置によって増加した個体ではありません。例えば、石倉漁がよく行われている河川の下流域は、川底が砂泥で覆われている水域が多く見られます。砂泥が優先する水域においては、ウナギは砂に潜ったり、泥に巣穴を掘って隠れます(Aoyama 2005)。このような場所に人工的な石積みを構築すると、おそらく、自ら穴を掘るよりもエネルギーを節約することができるために、石積みを利用する個体が増加すると考えられます。しかし、そのことによってウナギの個体数が増加するでしょうか。ちょっと視点を変えて、「砂泥に穴を掘る行為」を、人間が「階段を登る行為」に置き換えて考えて見ます。そうすると、ウナギにとって穴を掘る労力を節約できる「石倉カゴ」は、人間にとっては、自動で階段の上まで運んでくれる、エスカレーターです。人間の世界で、階段よりも、エネルギー消費の少ないエスカレーターを利用する人が多いのは当然です。同様に、ウナギの世界では、エネルギーを節約できる「石倉」を利用する個体が多いため、「石倉」は漁具として機能します。しかし、エスカレーターの設置によって、出生率が増大するメカニズムを想像することは、困難です。それでは、「石倉カゴ」の設置で、ニホンウナギの再生産速度を増大させることは可能でしょうか。

「石倉カゴ」は、ウナギの餌生物のかくれ場所を提供するから、エスカレーターとは異なり、ウナギの成育に貢献するのだ、との意見も考えられます。しかし、前段落の議論で「ウナギ」を「餌生物」に置き換えて考えてみましょう。かくれ場所の不足が当該生物の再生産の制限要因となっている場合を除き、人為的なかくれ場所の提供が、なぜ餌生物の増加につながるのか、説明することは困難です。

最近、「石倉カゴ」に関する学術論文が発表されました。この論文(原田ら 2018)では、採集調査と統計解析の結果、『電気ショッカーなどが使用できない河口汽水域におけるモニタリング調査用の器具として、石倉カゴが有用であることが示された。』と結論づけています。同様に、環境省が発表した「ニホンウナギの生息地保全の考え方」でも、「石倉カゴ」はモニタリングのための採集器具として紹介されており、環境回復の効果に関しては一切触れられていません。これら学術論文や専門家がまとめた「考え方」が示すように、「石倉カゴ」はあくまで採集用具であり、環境改善手法ではないのです。もしも、石倉カゴが生息環境を改善し、個体数を増大させる効果を持つとすれば、石倉と同じように隠れ場所を提供するタイプの「refuge trap」であるウナギ筒にもウナギを増やす効果があり、タコツボにはタコを増やす効果があるはずです。

ウナギ筒
筒状のかくれ場所を提供し、中に隠れている動物を捕獲する漁具。ウナギのほか、小魚、エビ、カニなど、様々な生物を捕獲することができる

コストの面でも問題があります。「石倉」を漁具として用いる場合、中に隠れているウナギを採る時に石積みを組み直し、溜まった泥や砂、ゴミを取り除きます。隙間が維持されなければ、「かくれ場所」を提供する漁具として機能しなくなるためです。「石倉カゴ」をウナギのかくれ場所の提供を目的として設置する場合、砂泥やゴミを取り除くメンテナンス作業を継続して行う必要があります。定期的なモニタリングとして行う場合には問題ありませんが、様々な河川に設置した「石倉カゴ」のメンテナンスを継続する費用は、どのように賄われるのでしょうか。

現在の科学的知見では、「石倉カゴ」にニホンウナギの再生産速度を増大させる効果は期待できないにもかかわらず、水産庁は「石倉カゴ」の設置を全国的に推進しています。水産庁が行なっている平成29年度鰻供給安定化事業のうち、「鰻生息環境改善支援事業」の内容は『国内のニホンウナギの生息環境改善のため、ニホンウナギの住み処となるとともに、餌となる生物(エビ類等)を増やす効果が期待されている石倉増殖礁等の構造物の設置及び維持・管理を行う』(水産庁 平成29年度鰻供給安定化事業に係る公募要領)とされています。この事業は、2016年12月14日に発表された自民党の行政レビューチームの提言において、『絶滅危惧種に指定されているニホンウナギ生育環境の改善にあたり、水産庁では石倉の設置事業を実施しているが、適切なエビデンスに基づいた効果検証がなされているとは言えない。』と批判されています(行政事業レビューチーム提言)。

水産庁以外にも、「石倉カゴ」を販売する業者や、設置を進めている団体のWebページなどには、あたかも「石倉カゴ」がニホンウナギの生息環境を改善し、再生産に寄与するかのような表現が見られます。例えば、リンクの記事では、個体識別してウナギの放流を行い、「石倉カゴ」を用いて再度捕獲した個体が、放流時よりも成長していたことを根拠に、「石倉かごがうなぎの成長に大きく貢献していたことが確認されました」と結論づけています。しかし、自然環境下における動物の成長を、採集器具の効果として理解しようとする推論には、無理があります。ウナギ筒で捕獲した場合でも、「ウナギ筒があったからうなぎが大きく成長した」と考えるのでしょうか。漁具でウナギが採集できるのは当たり前のことであり、放流された小さなウナギが成長するのも当たり前のことです。当たり前に生じる二つの出来事が同時に起こったからといって、それらを因果関係として結びつけることはできません。

目指すべきは、河川が本来持つ環境
河川に生息する生物の中には、石の隙間を生息空間として利用するものが多く存在します。現在の河川では、様々な生物に生息空間を提供してきた浮石の減少が、大きな問題になっています(例えば渡辺ら 2001; 小野田・萱場 2013)。しかし、だからといって「石倉カゴ」を置けば良い、ということではありません。浮石の減少には、治山による石の供給の減少、治水によるフラッシュ(一時的増水)の減少、ダムや堰など河川横断工作物による湛水など、様々な原因が想定できます。

国土交通省の河川管理の指針「多自然川づくり基本指針」には、『川づくりにあたっては、単に自然のものや自然に近いものを多く寄せ集めるのではなく、可能な限り自然の特性やメカニズムを活用すること』と記載されており、すべての川づくりの基本となっています(国土交通省 2006)。「石倉カゴ」の設置は、一時的に浮石を増加させる効果を期待できますが、根本的な解決には至りません。目指すべきは河川本来の姿であり、そのためには『単に自然のものや自然に近いものを多く寄せ集める』のではなく、『自然の特性やメカニズム』を再生させることが重要です。ウナギを守ろうとする様々な努力が、その効果を最大限発揮するように、科学的な知見に基づいて、適切な取り組みの内容を選択する必要があります。

引用文献
Aoyama J et al. (2005) First observations of the burrows of Anguilla japonica. Journal of Fish Biology, 67, 1534-1543.
Chen JZ et al. (2014) Impact of long-term habitat loss on the Japanese eel Anguilla japonica. Estuarine, Coastal and Shelf Science 151, 361-369.
原田真実ら (2018) 大分県国東半島・宇佐地域の伊呂波川と桂川に設置したウナギ石倉かごにより採集されたニホンウナギと水生動物群集. 日本水産学会誌84, 45-53.
Hitt NP et al. (2012) Dam removal increases American eel abundance in distant headwater streams. Transactions of the American Fisheries Society, 141, 1171-1179.
Itakura H et al. (2015a) Feeding, condition, and abundance of Japanese eels from natural and revetment habitats in the Tone River, Japan. Environmental Biology of Fishes, 98, 1871-1888.
Itakura H et al. (2015b) Declines in catches of Japanese eels in rivers and lakes across Japan: Have river and lake modifications reduced fishery catches? Landscape and Ecological Engineering, 11, 147-160.
環境省(2015)「平成26年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務」.
環境省(2016a)「平成27年度ニホンウナギ保全方策検討委託業務」.
環境省(2017)「ニホンウナギの生息地保全の考え方」
国土交通省(2006)「多自然川づくり基本指針」.
小野田幸生・萱場祐一(2013)石礫河床への大量の覆砂が魚類生息密度に及ぼす影響について, 河川技術論文集, 第 19 巻.
渡辺恵三・中村太士・加村邦茂・山田浩之・渡邊康玄・土屋進(2001)「河川改修が底生魚類の分布と生息環境におよぼす影響」応用生態工学4(2), pp.133-146.

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠」を2月19日の月曜日に公開する予定です。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(公開済み)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2月19日)
5:より効果的な放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:TBD(3月12日)
8:TBD(3月19日)
9:まとめ(3月26日)

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定

中央大学 海部健三

要約

  1. ニホンウナギを持続的に利用するためには、利用速度を低減し、再生産速度を増大させることが必要。
  2. 利用速度の低減は漁獲量制限によって、再生産速度の増大は生息環境の回復によって実現することが可能。より短期的な効果が期待できるのは、漁獲量の制限による利用速度の低減。
  3. 養殖に利用するシラスウナギの上限(池入れ量の上限値)は、実際の採捕量と比較して過剰。早急に削減するとともに、科学的知見に基づいて池入れ量上限を設定するシステムを確立するためのロードマップの策定が必要。
  4. 完全養殖技術の商業的応用が実現されても、適切な池入れ量の上限値が設定されなければ、シラスウナギ採捕量の削減は期待できない。
  5. 天然ウナギについても、産卵回遊に向かう晩秋から冬にかけて、国内のウナギ漁を制限すべき。春から夏にかけて行われるウナギ漁については、禁漁区の設定が有効と考えられる。

養殖ウナギも天然ウナギ
現在日本で消費されているウナギのほとんどは養殖された個体であり、河川や湖沼、沿岸域で捕獲されたいわゆる「天然ウナギ(放流個体を含む)」は、消費量の1%未満に過ぎません。しかしながら、ウナギを卵から育てる技術は商業的な利用が実現していないため、「養殖ウナギ」とは、海洋で産み出された卵から孵化して、沿岸域までたどりついたウナギの子供(シラスウナギ)を捕獲し、養殖場で育てたものです。つまり、消費される全てのウナギは、元を正せば「天然ウナギ」なのです。

ウナギの養殖
自然環境下で生まれたウナギの子供(シラスウナギ)を捕獲し、飼育下で大きく育てるのがウナギの養殖

再生産資源を持続的に利用するために必要なこと
経済学者のハーマン・E・デイリーは、再生可能な資源の利用速度は、その資源の再生産速度を超えてはならない、としています。ニホンウナギは、天然の、再生可能な資源です。このため、再生産速度を超えて利用されれば、資源量は減少します。現在ニホンウナギが減少しているとすれば、それは、ニホンウナギの再生産速度を、利用速度が上回っているということです。このため、ニホンウナギを持続的に利用するためには、利用速度を低減させ、再生産速度を増大させる必要があります。ウナギの場合、利用速度の低減は、漁獲量の削減によって実現できます。また、再生産速度の増大は、生息環境の回復を通じて実現することが可能です。今回の記事では、これらのうち、漁獲量の削減について議論します。生息環境の回復については2月12日の記事で議論する予定です。漁獲量の削減と生息環境の回復のほか、放流という対策も存在します。放流については、2月26日の記事で議論します。

ウナギの消費量を制限するシステム「池入れ数量管理」
ニホンウナギでは、「池入れ数量管理」というシステムを通じて、間接的に漁獲量の管理が行われています。養殖を目的として養殖池に入れられるシラスウナギの量を池入れ量と言いますが、その量を管理するシステムが「池入れ数量管理」です。シラスウナギの採捕は津々浦々で小規模に行われるため、監視が難しいのが現状です。東アジアではスペインのバスク地方のようにシラスウナギを食する習慣がないため、採捕されたシラスウナギは全て、養殖場へ入ります。養殖場は所在が明らかであり、シラスウナギ採捕者と比較すると数も少ないため、管理が容易であると考えられます。このような考え方に基づき、間接的な管理手法である「池入れ数量管理」が導入されました。

ニホンウナギの養殖を行なっている主要な国と地域である日本、中国、韓国、台湾がシラスウナギの池入れ量を制限する合意を結び、2015年より「池入れ数量管理」は実施されました。4カ国・地域が全体で利用する、シラスウナギ池入れ量の総計の上限値と、各国の割当が定められています。日本では、国の割当をさらに各都府県、養殖場にまで配分しました。日本の養殖場に配分された池入れ量割当は売買することも認められており、ITQ(Individual Transferable Quota; 譲渡性個別割当)方式とも呼べる制度となっています。

養殖業界の方から聞いた情報では、池入れ量割当は1キロ当たり100万円程度で取引されているということです。日本において、池入れ量割当は実績をベースに無償で配分されました。なぜオークション形式など経済的な効率を考慮した手法ではなく、新規参入を阻みやすい実績ベースの配分が行われたのか、また、譲渡が認められることによって資産価値を持つことが明らかであったにも関わらず、なぜ池入れ量割当が無償で配分されたのか、日本における池入れ量割当配分の経緯については、今後、明らかにされる必要があるでしょう。

ウナギの子供(シラスウナギ)

現状の「池入れ数量管理」は、利用速度を低減する効果を持たない
4カ国・地域の池入れ総量の上限は78.8トンですが、実際の池入れ量は2015年漁期(2014年末から2015年前半)が37.8トン、2016年漁期が40.8トン、2017年漁期が50.5トンと、それぞれ上限の48.0%、51.8%、64.1%にとどまっています(2017年魚期については3月31日までの数値)(うなぎの国際的資源保護・管理に係る第10回非公式協議に関する共同プレスリリース添付資料)。池入れ量の上限値は、実際に池入れされているシラスウナギの量に対して、明らかに過剰です。

現状の「池入れ数量管理」は、ニホンウナギの利用速度を低減させる効果を持たず、従って本種の保全と持続的利用に貢献していません。早急に池入れ量の総計78.8トンを削減し、利用速度を低減させる必要があります。始めに手をつけるべきは、利用されていない池入れ量割当の削減です。各国の池入れ量を見ると、日本と韓国では割当の9割程度の池入れが行われていますが、中国と台湾は半分も池入れされていません。これら、不要な割当は即座に失効させるべきです。

ただし、池入れ数量管理について話し合う「ウナギの国際的資源保護・管理に係る非公式協議」は困難を抱えており、特に、最大の池入れ量が割当られている中国が2015年以降、この協議に参加していません。東アジア全域に分布するニホンウナギは共通の産卵集団を有するため、東アジア全体で資源管理を進める必要があります。ニホンウナギの資源管理という視点で見たとき、4カ国・地域の協力関係をより一層深めていくことが必要とされています。

「池入れ数量管理」に基づく池入れ上限値と実際の池入れ量

科学的な知見に基づいた池入れ量上限値の設定へ向けて
現実と大きくかけ離れた池入れ量上限値(78.8トン)が設定されている理由のひとつに、上限値決定の過程に科学的な知見が一切用いられなかったことが挙げられます。科学的な知見に基づいて上限値を設定しようとすれば、養殖場のシラスウナギ需要を満たせなくなり、「池入れ数量管理」の導入に反対する業界や国・地域が現れる恐れが生じます。このため合意形成を優先して、科学的な知見を導入しなかったと想像されます。現在のニホンウナギに関する科学的知見は、持続的な利用を実現できる消費量の上限を特定できるレベルにはありません。野生生物の個体群動態は不確実性が高いため、将来研究が進んだとしても、確実に持続可能な消費上限を特定することは不可能でしょう。しかし、科学的知見の不足を考慮したとても、池入れ量の上限値の設定において、その時点において入手可能な科学的知見さえも考慮されなかったことは、大きな問題です。

78.8トンという上限値は、近年ではシラスウナギ採捕量が多かった2014年漁期の採捕量を基準に、その2割減と定められました。基準とされる2014年漁期の採捕量が過剰報告された疑いも報道されていますが(東洋経済2018年1月30日記事)、これらシラスウナギの採捕と流通に関する問題については、3月5日の記事で議論する予定です。何れにせよ、現状のままではせっかく整備された「池入れ数量管理」は形式だけのものに終わり、適切な資源管理に結びつきません。早急に、科学的知見に基づいた池入れ量上限値の設定に向け、ロードマップを策定する必要があります。

完全養殖でシラスウナギ採捕量は減少するのか?
ニホンウナギを含むウナギ属魚類全種について、人工飼育下で産卵した卵から孵化したシラスウナギ(人工種苗)を養殖する技術、いわゆる「完全養殖技術」は商業化されていません。最も研究が進んでいるニホンウナギでは、2010年に水産総合研究センター(現 水産研究・教育機構)によって、人工飼育化で孵化から産卵まで、生活史を完結できるようになりました。将来、人工種苗生産技術が商業的に応用され、「完全養殖ウナギ」が市場に出回る日が来る可能性は十分にあります。その時、天然のシラスウナギを採捕する必要はなくなり、ニホンウナギの持続的利用が実現するのでしょうか。

クロマグロは、ウナギと同じように人工種苗の生産が難しく、天然の幼魚を捕獲し、飼育下で餌を与えて成長させる手法がとられてきました。クロマグロの人工種苗生産は、ウナギに先駆けて2002年に成功し、人工種苗を利用した養殖マグロ(いわゆる「完全養殖マグロ」)の出荷も始まっています。松野ら(2010)は、人工種苗を用いた完全養殖クロマグロの経済的可能性について、以下のように述べています。『太平洋海域のクロマグロ漁獲に新たな規制が導入されると、養殖源魚の入手コストが上昇するとともにクロマグロ価格も上昇するため、完全養殖マグロの畜養マグロに対する競争力が大きく改善すると見込まれる』。この結論は、「クロマグロ漁獲に新たな規制が導入されない場合、完全養殖マグロの競争力が大きく改善する可能性は低い」と解釈できます。クロマグロでも、ウナギと同様に人工種苗が渇望されながら、開発には長い年月を要しました。飼育下で孵化した個体を正常に育てることにさまざまな困難が伴うことがその理由であり、健康な種苗を安価に生産することは、現在でも容易ではありません。つまり、クロマグロの人工種苗は費用対効果において天然種苗に劣っており、人工種苗が天然種苗に置き換わることは、容易ではないのです。

ニホンウナギについても、クロマグロと同じ未来が想像されます。今後技術の革新が進み、ニホンウナギ人工種苗の商業的利用が可能になったとしても、費用対効果の面で人工種苗が天然種苗を凌駕する日は、さらにずっと後になるか、場合によっては永久にやって来ないかもしれません。完全養殖技術によって生産される人工種苗が商業的に応用されたとしても、費用対効果の面で天然種苗に劣ることが予測されます。ニホンウナギ人工種苗の商業的応用に、天然種苗(シラスウナギ)の採捕量を削減する効果を期待することは難しい状況です。

国内のウナギ消費量(ニホンウナギ以外のウナギ属魚類を含む)は、平成12年(2000年)には年間15万トンを超えていましたが、現在は5万トン前後です。消費量の減少は、需要の縮小よりもむしろ、ヨーロッパウナギのシラスウナギ供給の減少による、中国からのウナギ輸入量の減少に起因していると考えられます。ウナギに対する潜在的な需要が巨大であり、供給が不足している現状を考えると、人工種苗は、天然種苗の供給不足を補う役割を果たすことはできても、天然種苗に置き換わるとは考えられません。

「鰻蒲焼味の○○」など、ウナギの代替品についても同じことが言えるのではないでしょうか。代替品は、あくまで満たされない需要を補完するものであり、積極的に消費を削減する効果を発揮するものではありません。このため、完全養殖技術と同じように、代替品の開発が、ニホンウナギの保全と持続的利用に貢献する、とは考えられません。しかしながら、厳格な池入れ量上限値の設定と運用の結果、天然種苗が不足し、ウナギの価格が上昇した場合は、完全養殖の技術や代替品が、不足した供給の補填という形で、社会に貢献できるでしょう。

日本におけるウナギの消費量(水産庁資料より)

天然ウナギの漁獲に対する対策も必要
現在、国内で消費されているウナギのほとんどはシラスウナギとして捕獲され、養殖されたウナギであるため、利用速度の低減に関しては、どうしてもシラスウナギの採捕に注目が集まります。しかし、河川や沿岸域に生息するいわゆる「天然ウナギ」の漁獲を制限することも、同時に重要です。ニホンウナギは外洋で産卵し、海流を流されてきたシラスウナギは、成育場である東アジアの沿岸域に進入します。「黄ウナギ」と呼ばれる10年程度の成育期を過ごした後、成熟を開始すると体色が変化し、「銀ウナギ」と呼ばれるようになります。銀ウナギは10月から12月ごろに河川や沿岸域を離れ、マリアナ諸島西方の産卵場へと向かいます。

野生生物の保全と持続的利用のためには、再生産に参加する可能性の高い個体を守ることが重要です。一般的には成熟した個体の保全を考えることになりますが、ウナギについては、漁獲対象となる生活史ステージのうち、最も成熟の進んだ銀ウナギを優先して保全すべきです。現在6つの県で、産卵へ向かう銀ウナギの保護を目的として、秋から冬にかけて、天然ウナギの禁漁期間を設けています。これら6県の他に、この季節のウナギ漁を自粛する呼びかけや買取放流に取り組んでいる都県もありますが、ニホンウナギの状況を考慮すると、銀ウナギが産卵へ向かう秋から冬にかけて、天然ウナギの捕獲は全国で禁止すべきです。ただし、銀ウナギは消化管が縮小し、餌を食べなくなるためため、釣りや延縄など、餌を用いて黄ウナギを選択的に捕獲する漁法については、例外的に認めるという考え方もあり得ます。

成育期である黄ウナギについても、将来の産卵個体として保全策を進める必要があります。シラスウナギのような量的な制限を設けるのが理想的ですが、現実的には全国の無数の河川において、ウナギの漁獲量を管理することは困難です。管理コストの問題で量的な制限を実施できない場合は、禁漁区の設定が有効と考えられます。漁獲量で制限する場合、漁獲量を管理するために多大なコストがかかります。しかし、禁漁区を設定できれば、操業を行うだけで、規則に違反していることは明白です。現在、河川や沿岸域の漁業者は減少しています。まずは今以上にウナギへの漁獲圧が高まらないよう、ウナギ漁が行われていない河川や水域において、ウナギの禁漁区を定めることを検討すべきでしょう。

黄ウナギ(成長期のウナギ)(写真:脇谷量子郎)

銀ウナギ(産卵回遊へ向かうウナギ)(写真:脇谷量子郎)

引用文献
松野功平, 原田幸子, 多田稔 (2011) 「クロマグロの需給動向と完全養殖技術の経済的可能性」 近畿大学農学部紀要, 43, 1-6.

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜」を2月12日の月曜日に公開する予定です。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題は適切な消費量上限の設定(公開済み)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2月12日)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2月19日)
5:より効果的な放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:TBD(3月12日)
8:TBD(3月19日)
9:まとめ(3月26日)

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜

中央大学 海部健三

  1. ニホンウナギの個体群サイズが現時点でも縮小を続けていることは、「科学的」に証明されていない。ニホンウナギ個体群サイズの縮小の主要因についても、科学的根拠に基づいて、高い確度で特定することはできない。
  2. 予防原則に基づき、ニホンウナギの個体群サイズは縮小を続けていると想定し、適切な対策を講じるべき。
  3. アリー効果を考慮すると、ニホンウナギ個体群が急激に崩壊へ向かう、または向かっている可能性も想定できる。
  4. ニホンウナギの個体群回復という視点に立ったとき、優先するべきは過剰な漁獲と成育場環境の劣化への対応。

ニホンウナギは増えている?
農林水産省の統計によれば、国内の河川や湖沼におけるニホンウナギの漁獲量は、1960年代には3,000トンを超える年もありましたが、2015年には68トンにまで減少しています。このような状況を受け、2013年2月に環境省が、ついで2014年6月にIUCN(国際自然保護連合)が、相次いで本種を絶滅危惧種に区分したことを発表しました(環境省 2015; Jacoby & Gollock 2014)。

一方、ニホンウナギの個体群サイズ(資源量)を推測した、現時点では唯一の学術論文(Tanaka 2014)では、1990年以降、1歳以上のニホンウナギ個体数は増加傾向にあると推測しています。ニホンウナギの個体数が増加傾向にあるとする推測は、環境省およびIUCNのレッドリストの評価結果や、シラスウナギが不足し、価格が高騰している現状と、大きく乖離しています。少なくとも1960・70年代と比較するとニホンウナギは減少している、という認識は専門家の間でも共通していますが、Tanaka(2014)のように、現時点では個体数が増加している、とする見解があることも事実です。なお、この件に関する詳しい議論は「2016年ウナギ未来会議 議事録」をご覧ください。

予防原則
予防原則とは、生物の絶滅のように、結果が重大であり、取り返しがつかない問題について、最悪の事態を想定して行動するという原則です。例えば、目の前に壊れかけた(実際には、壊れかけているように見える)橋があったとします。橋を渡れば壊れて落下する可能性がありますが、壊れないで無事に渡れる可能性がないわけではありません。橋が架けられている場所はある程度の高さがあり、壊れて落ちれば怪我をしそうです。このような、橋が壊れて落ちる可能性が高く、落ちた場合の被害が大きいときに「渡らない」と判断する、または渡っている途中に橋が壊れても、落ちて大怪我をしないように命綱などの準備をするのが、予防原則に沿った行動です。

前年同期比と比較して、シラスウナギの採捕量が99%も減少している時、「海流の変化など、今年の特別な事情で採捕量が少なくなっているのかもしれない」と考えるのは、壊れかけた橋を渡る行為と同じく、リスクの高い考え方です。一説には50億以上と、鳥類では世界最大級の個体数を誇ったリョコウバト(Ectopistes migratorius)は、狩猟と森林の伐採など人為的な影響によって100年あまりで激減し、1914年に絶滅しています(Bucher 1992)。「ニホンウナギ個体群はまだ大丈夫」「今年は海流の影響で来遊量が減少しただけ」という考え方が、同じ悲劇を招かないと言えるのでしょうか。想定されるリスクの大きさを考えたとき、予防原則に基づき、ニホンウナギ個体群サイズは縮小を続けていると考え、適切な対策を講じるべきです。なお、ニホンウナギとリョコウバトの比較論考については、「ニホンウナギは絶滅しないのか?」をご覧ください。

アリー効果と個体群の崩壊
ラニーニャや黒潮の蛇行など、海洋環境が今期のシラスウナギ来遊量の減少に関与している可能性は十分にあります。しかし、過去にラニーニャや黒潮の蛇行が発生した年でも、今回のように、極端にシラスウナギ来遊量が減少した例はこれまでに知られておらず、海洋環境を今期のシラスウナギ来遊量減少の主な要因と位置付けることは困難です。それでは、個体群サイズの縮小を主な要因として、昨年同期比で99%減という、極端なシラスウナギ採捕量の減少を説明することが可能なのでしょうか。実際には、生物の個体群が急速に減少する現象は、生態学の世界でよく知られているアリー効果と呼ばれるメカニズムを考慮すると、十分に想定することができるのです。

生物は一般的に、個体数密度が高くなると資源をめぐる競争が熾烈になり、生残率や成長率が低下します。その一方で、個体数密度が極めて低い場合には、反対に密度低下によって生存率や増殖率が低下する現象があり、アリー効果と呼ばれます。特に、オスとメスで両性生殖を行う生物の場合、個体数密度が低下するとオスとメスが出会う確率が低下し、繁殖率が低下します。人間でも過疎地においてパートナーを見つけることが難しくなるのと、同じ現象です。
ニホンウナギの産卵は1対1のペアではなく、少なくともオスとメスそれぞれ100個体以上の集団が、数十m以内の範囲に密集して行われると考えられています(Yoshinaga et al. 2008; 黒木・塚本 2011)。ニホンウナギ個体群サイズの縮小は、産卵に向かう個体数を減少させます。産卵に向かう個体数の減少は、成育場から遠く離れたマリアナ諸島西方海域の産卵場において、オスとメスが出会い受精する確率を低下させると考えられます。産卵に向かう個体数と、産卵場においてオスとメスが出会う確率がともに低下する場合、新しく生まれる個体数は、指数関数的に減少することになります。

さらに、個体群の減少は産卵回遊の成功率をも低下させる恐れがあります。一部の漁業者では、産卵場に向かうウナギは群れを作ると、伝説のように伝えられています。捕食者の多い海の中を泳ぐ産卵回遊は危険に満ちており、行動追跡実験でも、サメなどによる捕食が報告されています(Béguer-Pon 2012)。群れを作ることによって被食確率を低下させる動物では、個体数密度が減少すると、被食確率が増大し、生残率が低下します。これも、アリー効果の一つとして考えられています。個体群サイズの縮小に起因する、産卵に向かう個体数の減少によって、ニホンウナギの産卵回遊の成功率が低下すれば、産卵場に到達できる個体はさらに減少し、オスとメスが出会う確率はより一層低下します。その結果、新しく生まれるニホンウナギの個体数が大きく減少するかもしれません。

ニホンウナギの個体群サイズが、ある限界を超えて縮小すると、産卵場でオスとメスが出会い、受精卵を生産することが困難になり、個体群が一気に崩壊へと向かう可能性が考えられます。現在のところ、ポイント・オブ・ノーリターンとも呼べるこの限界を超えて、ニホンウナギの個体群サイズが縮小したのかどうか、判断するために必要な情報はありません。しかし、その生態とアリー効果を考慮したとき、ニホンウナギ個体群がある瞬間から急激に崩壊することは、十分に想定できるのです。

「個体群減少」の要因
少なくとも長期的には減少しており、急激に崩壊することも想定できるニホンウナギ個体群の変動には、(1)過剰な漁獲、(2)成育場環境の劣化、(3)海洋環境の変化が関係していると考えられています。

  • 過剰な消費:現在日本で消費されているウナギのほとんどは養殖された個体であり、河川や湖沼、沿岸域で捕獲されたいわゆる「天然ウナギ(放流個体を含む)」は、消費量の1%未満に過ぎません。ウナギを卵から育てることは技術的に難しく、現時点では商業的な利用が実現していないため、全ての「養殖ウナギ」は、海洋で産み出された卵から孵化して沿岸域までたどりついたシラスウナギを捕獲し、養殖場で育てたものです。再生産速度を超えた漁獲が継続すれば、資源量は減少します。
  • 成育場環境の劣化:消費のほかに、ニホンウナギが生活史のほとんどを過ごす成育場である河川や湖沼、沿岸域などの成育場環境の劣化もニホンウナギ資源の減少に強く関わっていると考えられています。台湾と香港の研究チームが衛星写真をもとに、日本、韓国、中国、台湾の16河川を対象に行った研究では、1970年から2010年にかけて8%の有効な成育場が失われたと推測されています(Chen et al. 2014)。
  • 海洋環境の変化:ニホンウナギの産卵場は外洋に存在し、孵化後は海流によって成育場にまで受動的に移動するため、海洋環境の変化は生残率に大きく影響します。例えばニホンウナギでは、エルニーニョの発生によって、成育場へ輸送される個体数が減少します(Kim et al. 2007)。現在はラニーニャの傾向であり、ラニーニャでも成育場へたどり着ける個体数が減少しますが、エルニーニョほど影響は大きくありません(Zenimoto et al. 2009)。このほか、輸送経路の渦(eddy)の増加(Tzeng et al. 2012)、フィリピン・台湾振動(Philippines-Taiwan Oscillation)がニホンウナギの来遊量に影響を与えること(Chang et al. 2015)などが報告されています。

その他に想定できる減少要因として、堰など河川横断構造物による移動の阻害が被食の確率を高めること、放流など個体の輸送によって新たな病原体が侵入・拡散すること、などが考えられます。

主要な要因と考えられている(1)過剰な漁獲、(2)成育場環境の劣化、(3)海洋環境の変化のうち、海洋環境をニホンウナギの産卵と輸送に適した状態に変えることは困難です。長期的視点に立って温暖化の進行を抑え、海洋環境の変化を最小限にとどめることは重要ですが、ニホンウナギ個体群の回復という比較的短期的な視点に立ったとき、優先するべきは(1)過剰な漁獲と(2)成育場環境の劣化への対応です。具体的な対応策については、第2回「喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し」と、第3回「生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜」で解説する予定です。

引用文献
Béguer-Pon M et al. (2012) Shark predation on migrating adult American eels (Anguilla rostrata) in the Gulf of St. Lawrence. PLoS One 7, e46830
Bucher EH (1992) The causes of extinction of the Passenger Pigeon. In Current ornithology, pp. 1-36. Springer US
Chang YL et al. (2015) Impacts of interannual ocean circulation variability on Japanese eel larval migration in the western north Pacific Ocean. PloS one 10.12, e0144423.
Chen J-Z et al. (2014) Impact of long-term habitat loss on the Japanese eel Anguilla japonica. Estuarine, Coastal and Shelf Science 151, 361-369
Jacoby D, Gollock M (2014) Anguilla japonica. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2014.3
環境省 (2015)「レッドデータブック2014−絶滅のおそれのある野生生物−4汽水・淡水魚類」ぎょうせい.東京
Kim H et al. (2007) Effect of El Niño on migration and larval transport of the Japanese eel (Anguilla japonica). ICES Journal of Marine Science, 64, 1387-1395
黒木・塚本(2011)「旅するウナギ –1億年の時空をこえて」東海大学出版会. 神奈川
Tanaka E (2014) Stock assessment of Japanese eels using Japanese abundance indices. Fisheries Science 80, 1129-1144
Tzeng WN et al. (2012) Evaluation of multi-scale climate effects on annual recruitment levels of the Japanese eel, Anguilla japonica, to Taiwan. PLoS ONE 7, e30805
Yoshinaga et al. (2008) School size of spawning Japanese eel: estimation from genetic data. 5th World Fisheries Congress, Yokohama (oral presentation)
Zenimoto K et al. (2009) The effects of seasonal and interannual variability of oceanic structure in the western Pacific North Equatorial Current on larval transport of the Japanese eel Anguilla japonicaJournal of Fish Biology 74, 1878-1890

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し」を2月5日の月曜日に公開する予定です。シラスウナギの来遊が期待される3月の新月まで連載を継続するため、第7回、第8回とまとめを追加しました。内容は未定ですが、ウナギに関わる産業の役割や、政治や行政の役割についても論じたいと考えています。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)

序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し(2月5日)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2月12日)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2月19日)
5:より効果的な放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:TBD(3月12日)
8:TBD(3月19日)
9:まとめ(3月26日)

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について 序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか

2017年末から2018年1月現在までの、シラスウナギの採捕量は前年比1%程度と、極端に低迷しています。この危機的な状況を受け、当研究室では「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」と題し、全6回程度の連載で、課題の整理と提言を行うこととにしました。初回は序章「「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか」として、不漁の要因の捉え方について考えます。

「シラスウナギ歴史的不漁」報道
2017年末から、ウナギ養殖に利用するシラスウナギの不漁が伝えられています。

シラスウナギ不漁深刻 県内解禁15日、昨年比0.6%」(宮崎日日新聞 2017年12月27日)
極度の不漁 平年の100分の1、高騰必至」(毎日新聞 2018年1月15日)

これらの報道によれば、国内外のニホンウナギのシラスウナギ採捕量は、前年同月比で1%程度にとどまっています。1月17日の新月、同じ月の中でもシラスウナギが大く来遊するとされる、いわゆる「闇の大潮」でも、採捕量は伸びていないようです。過去には、漁期を過ぎた5月、6月に来遊のピークが観察された年もあり(Aoyama et al. 2012)、2月以降の来遊が全く期待できないわけではありません。しかし、シラスウナギ漁期が3月から4月にかけて終了することを考えると、今期養殖場に供給されるシラスウナギの量が大きく減少することは、避けられないでしょう。

シラスウナギ不漁の要因
今期の、シラスウナギ採捕量の大幅な減少には、どのような要因が影響しているのでしょうか。採捕者の減少と、シラスウナギ来遊量の減少の二つの要因が想定されますが、前年同期比1%という極端な減少が、採捕者の減少によってもたらされているとは考えにくいため、シラスウナギの来遊量そのものが減少したと考えるべきです。

では、シラスウナギの来遊量はなぜ減少したのでしょうか。来遊量を減少させる要因についても、海洋環境と個体群の減少の、二つの要因を想定することができます(当然、これらの要因は複合して影響しすると考えられます)。海洋環境について、エルニーニョ現象が生じている年にはシラスウナギの来遊量が減少することが知られていますが(Kim et al. 2007)、気象庁によれば、現在はエルニーニョとは反対の現象、ラニーニャ現象が生じていると考えられており(気象庁 エルニーニョ監視速報No. 304)、来遊量の減少をエルニーニョで説明することはできません。エルニーニョ以外に考慮すべきは、黒潮の蛇行です。現在黒潮は東海沖で大きく蛇行しています(JAMSTEC 黒潮親潮ウォッチ)。ニホンウナギのシラスウナギは黒潮に乗って北上するため、黒潮が蛇行し、日本から離れることによって、日本への接岸が難しくなる可能性が想定されます。しかし、東海沖における黒潮の蛇行によって、台湾も含めた東アジア全体のシラスウナギ採捕量の激減を説明することは困難です。このほか、来遊経路の渦の状態(Tzeng et al. 2012)や、フィリピン・台湾振動(Philippines-Taiwan Oscillation)がニホンウナギの来遊量に影響を与えること(Chang et al. 2015)なども報告されていますが、今期の採捕量減少との関係は明確ではありません。

海洋環境の影響も十分に考えられますが、今期のシラスウナギ来遊量減少を説明することは困難です。このような状況で、主要な要因として強く疑われるべきは、個体群の減少でしょう。個体群が減少すれば、当然来遊量は減少します。問題は、前年同期比99%減という急激な減少を、個体群の減少で説明できるのか、ということにあります。この問題については、次回の記事において、生態学の視点から考察したいと思います。ここでは、予防原則の考え方からも、個体群減少を要因として疑うことが支持される点について、確認しておきます。黒潮の蛇行など、今期に特異的な海洋環境によってシラスウナギの来遊が減少したのであれば、来期以降回復する可能性もあります。しかし、ニホンウナギ個体群の減少によって産卵数及びシラスウナギ来遊量が減少した場合、来遊量を回復させることは非常に困難です。今期の「シラスウナギの歴史的不漁」の主要な要因がニホンウナギ個体群の減少にあった場合、ニホンウナギの絶滅の可能性を危機的なレベルにまで増大させるばかりでなく、社会、経済にも大きな影響を与えるでしょう。もたらされる影響の大きさを考えると、予防原則の考え方に基づき、最悪の事態である「ニホンウナギ個体群の減少」が主要な要因であると想定して、早急に対策を進める必要があります。

必要とされる対策の提言について
これから約1ヶ月半に渡り、現状の整理と必要とされる対策の提案を、このブログを通じて行います。毎週月曜日に、以下の内容で記事を更新する予定です(タイトルは仮のものです)。また、今後シラスウナギの来遊量が回復する可能性も考えられますが、中長期的には減少傾向にあります。このため、2月以降に「不漁」が改善した場合でも、連載は継続いたします。なお、ニホンウナギの保全と持続的利用の現状について情報を必要とされている方は、「ウナギレポート」をご覧ください。さらに詳しい情報を必要とされている場合は、拙著「ウナギの保全生態学」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(本日)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜重要な考え方は予防原則とアリー効果〜(1月29日)
2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し(2月5日)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2月12日)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2月19日)
5:より効果的な放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)

引用文献
Aoyama, Jun, et al. “Late arrival of Anguilla japonica glass eels at the Sagami River estuary in two recent consecutive year classes: ecology and socio-economic impacts.” Fisheries science 78.6 (2012): 1195-1204.

Chang, Yu-Lin, et al. “Impacts of interannual ocean circulation variability on Japanese eel larval migration in the western north Pacific Ocean.” PloS one 10.12 (2015): e0144423.

Kim H, Kimura S, Shinoda A, Kitagawa T, Sasai Y, Sasaki H (2007) Effect of El Niño on migration and larval transport of the Japanese eel (Anguilla japonica). ICES Journal of Marine Science, 64, 1387-1395.

Tzeng WN, Tseng YH, Han YS, Hsu CC, Chang CW, Di Lorenzo E, Hsieh CH (2012) Evaluation of multi-scale climate effects on annual recruitment levels of the Japanese eel, Anguilla japonica, to Taiwan. PLoS ONE 7:e30805.

意外と知られていないウナギの実情

グリンピースのアンケート調査
環境保護団体グリンピースが消費者1,086名に対してウナギに関するアンケート調査を行い、その結果を公表しました。
アンケートの結果の概要
アンケートの結果

アンケートの結果によると、41.7%がニホンウナギが絶滅危惧種に指定されていることを知らなかったと回答しており、73.9%が養殖に用いるシラスウナギの半数について、密漁や密売などの不法行為が関わっていることを知らなかったと回答しています。昨今、ニホンウナギ資源の減少やシラスウナギの密漁と違法取引に関する報道が増加していますが、まだまだ一般的な認知は進んでいないことが示されました。

その一方で、ニホンウナギの現状を知らなかった回答者の約半数が、今後消費量を控えたいと回答しています。さらに、これからもウナギを食べ続けるため、販売者(飲食店や小売スーパー)ができることについては、「不正な取引によるウナギを販売しないよう、仕入れの基準を厳しくする」が63.1%と最も多い回答でした。

情報共有の重要性
このアンケートの結果は、ウナギをめぐる問題について、社会的認知は十分ではないが、認知が進むことによって消費者の行動が変わる可能性を示しています。ウナギに関する問題の解決にあたって、社会における情報共有の重要性が示されたと言えるでしょう。

ウナギを含め、社会問題を解決するために情報共有が重要であることは当然ですが、問題は、どのような情報を、どのような対象と、どのような方法で共有するのか、にあります。「欠如モデル」と呼ばれるような、行政や専門家からの一方的な情報伝達ではなく、ステークホルダー全体で問題の本質を確認し、共有する姿勢が重要です。ウナギ問題に関するステークホルダーのうち、現在最も情報を得ることが困難なのは、一般消費者でしょう。グリンピースのアンケートは、見事にその問題点を浮き彫りにするとともに、情報共有の促進によって問題が解決へ向かう可能性を示しました。

アンケート調査の今後の課題
アンケートの内容には少し気になった部分もありました。「ウナギの旬」について、[Q4]は以下のような設問になっています。

「土用の丑の日の由来 1つとして、「丑の日にちなんで、“う”から始まる食べ物を食べると夏 負けしない」という風習があり、江戸時代にウナギ屋が夏にうなぎが売れないで困っていて、「“本日丑の日”という張り紙を店に貼る」という平賀源内の発案が功を奏し、ウナギ屋が大繁盛したといわれています。ですが、実際には「土用の丑の日」は春夏秋冬と4季にわたってあり、本来のウナギ 旬は秋〜冬です。このことを知っていましたか?」

この質問にある「本来のウナギの旬」とは一体どのように定義されたものでしょうか。秋から冬のウナギを美味しいとする意見があることは承知していますが、一般的に共有されている認識とは言い難いのではないでしょうか。また、もしウナギの旬が秋から冬であることが一般的であったとしても、それは天然ウナギの場合であり、現在一般的に出回っている養殖ウナギには当てはまりません。この問いの意図は、土用の丑の日におけるウナギの大量消費を削減することにあると想像されますが、もしそうだとすればアンケートの形を模した恣意的な世論の誘導であり、批判されるべきでしょう。グリーンピースのアンケート調査そのものは大きな意義があるだけに、今後より公正な設問の設定が期待されます。

中央大学 海部健三

放流ウナギと天然遡上ウナギを判別する技術が開発されました

中央大学、東京大学、水産研究・教育機構などからなる研究チームにより、放流ウナギと天然遡上ウナギを判別する技術が開発され、論文が2017年9月15日、海洋科学に関する国際専門誌 ICES Jounal of Marine Scienceにて発表されました。今後放流の効果検証、正確なウナギの資源解析、自然分布の把握など、様々な研究への応用を通じて、ウナギの保全と持続的利用に貢献することが期待されます。
この論文に関する取材・問い合わせは海部までお願いします。トップページの「連絡先」より直接メールを送れます。

タイトル:Discrimination of wild and cultured Japanese eels based on otolith stable isotope ratios.
著者:Kaifu K, Itakura H, Amano Y, Shirai K, Yokouchi K, Wakiya R, Murakami-Sugihara N, Washitani I, Yada T
掲載誌: ICES Jounal of Marine Science

要旨和訳
人為的標識を用いずにウナギの天然遡上個体と養殖個体を識別する手法を開発した。アメリカウナギ、ヨーロッパウナギ、ニホンウナギのシラスウナギおよび黄ウナギの漁獲量は1970年代以降減少し、近年は危機的な状況にある。資源の増殖を目指してEUおよび日本で放流が行われているが、放流の総合的な利益は未だ不明である。資源回復に対する放流の効果を検証するためには、放流個体の生残、成長、降河回遊および再生産を追跡する必要がある。養殖ウナギが放流される事例が多く見られるため、本研究では、耳石酸素・炭素安定同位体比を用いて天然遡上個体と養殖個体を識別する可能性を探った。95個体の天然遡上個体と314個体の養殖個体からなる、合計409個体の教師データから線形判別モデルを得た。クロスバリデーションの正答率は96.8%だった。このモデルを、再捕獲した20の放流個体に応用したところ、100.0%が養殖個体と判別された。このことは、これらの個体が成長期の初期を養殖場で過ごし、のちに放流されたことを示している。この手法を応用して河川や沿岸域、産卵場で捕獲された個体に占める放流個体の割合を明らかにすることにより、放流効果の検証につなげることができる。

論文へのリンク

バルト海でウナギ禁漁へ

欧州委員会は、バルト海における全ての商業的漁業及び遊漁によるウナギ漁を2018年より禁止することを決定しました。誤って漁獲したウナギは即座に放流するようにも定められています。

欧州委員会のプレスリリースへのリンク

市民協働型ウナギモニタリングプログラムへの参加を募集します

中央大学ウナギ保全研究ユニットでは、ロンドン動物学会及び日本自然保護協会と提携し、市民協働型のウナギモニタリングプログラムを開始することを計画しています。

背景

ニホンウナギの危機的状況が危惧されているにもかかわらず、個体群が増加しているのか、減少しているのか、正確に把握されていません。その理由の一つには、生息域が散在し、データの取得が困難であることが挙げられます。

市民との協働による調査は、幅広い地域からデータを集めることが可能です。すでにヨーロッパでは市民との協働によるウナギモニタリング調査が行われており、成果を上げています。そこで、ヨーロッパで行われている市民協働型モニタリング調査を、日本国内に導入することを目指します。

手法

国際的な環境保全NGOであるロンドン動物学会がテムズ川で行なっている「テムズ川ウナギ計画」をモデルとして導入します。試行を重ねることにより、日本におけるウナギのモニタリングに適した手法へと修正する予定です。

「テムズ川ウナギ計画」では、ウナギの遡上を阻害する落差工や堰などの河川横断工作物にウナギ魚道をとりつけ、魚道の途中に設置したトラップを用いて遡上数を定量的に観測します。専門家の協力のもと、地域の市民が主体となってウナギの遡上量をモニタリングすることができるシステムです。

ニホンウナギ減少の主要な要因の一つとして、落差工や堰などの河川横断工作物による遡上の阻害が疑われています。このモニタリング計画により、ウナギの魚道の設置が進むことにより、ウナギの遡上を促すことができます。

テムズ川ウナギ計画で使用されているウナギ魚道。途中の箱がトラップ。

テムズ川ウナギ計画で使用されているウナギ魚道。日陰の部分に見える箱がトラップ

魚道の途中に仕掛けられたトラップ。ここでウナギを捕獲するが、トラップを外すとただの魚道にな理、ウナギは自由に上流へと遡上できる。

魚道の途中に仕掛けられたトラップ。ここでウナギを捕獲するが、トラップを外すと通常の魚道となり、ウナギは自由に上流へと遡上できる。

捕獲されたウナギ

捕獲されたウナギ

捕獲したウナギの全長を計測

捕獲したウナギの全長を計測

計数、計測後は上流側へ放流して終了

計数、計測後は上流側へ放流して終了

モニタリングへの参加

このモニタリングプログラムへ、主体的に参加していただける団体や個人を募集します。これから導入のための試行を開始するところですので、状況を伺いながら、実施の可否をご相談させていただきたいと思います。なお、以下の条件を満たしていることが理想です。当該水域の状況を確認のうえ、ご連絡ください。当該水域の状況によっては、ご希望に添えない場合があることをご承知おきください。

  1. 主体的に、継続的にモニタリングを行えること
  2. シラスウナギの来遊がある、または期待できる水系で活動できること
  3. ウナギの遡上を阻害する落差工や堰などの河川横断工作物が存在すること
  4. 組織を形成し、ボランティアでの調査が可能であること
  5. 魚道の設置にあたり、河川管理者との調整が可能であること
  6. 採集調査にあたり、都府県担当者(水産課など)との調整が可能であること
  7. 設置費用をある程度負担できること(費用負担の配分や助成金の獲得方法などについては、相談しましょう)

上記の条件のうち5や6など、行政との調整については、お手伝いさせていただきます。そのほかの項目や、上記項目以外のことでも、お気軽にご相談ください。上記の諸条件がある程度クリアされているか、またはクリアできる可能性があるか、お話ししながら方向を探りましょう。

始めてみないとどの程度うまくいくのかわからない部分があります。モニタリングの試行にお付き合いいただける方は、中央大学の海部までメールでご連絡ください。自然保護団体や漁業協同組合だけでなく、学校やクラブ活動などからの応募も歓迎いたします。

連絡先:以下の研究者情報データベースから、「>>連絡フォームはこちら」をクリックしてください。直接海部にメールを送ることができます。

研究者情報データベースへ

英国で設置が進むウナギ・スクリーン

英国では、一定規模の全ての取水施設に、ウナギの迷入を防ぐ「ウナギ・スクリーン」を設置することが義務付けられています。

テムズ川ウォルター取水口
テムズ川流域の上下水道を供給管理するテムズ・ウォーター社のウォルター取水口には、産卵のために河川を下る銀ウナギの迷入を防ぐため、Hydrolox社の「ウナギ・スクリーン」が設置されています。なんと、河川に直に接するスクリーンのメッシュが1.5 mmという細かさです。このスクリーンと、取水速度を毎秒25cmまで遅くすることで、ウナギを含む様々な生物の迷入を防いでいます。細かいメッシュには当然ゴミが付着し、目詰まりを起こしますが、スクリーン内外の水位差からゴミの付着を感知し、自動洗浄するシステムがついています。洗浄には、河川水をポンプアップして用います。
取水速度を抑えるため、旧来の取水口を拡大し、毎秒11m3の取水力を維持しています。ウォルター取水口の改築にかかった総費用は、7,000万円ほどということです。全額テムズ・ウォーター社が負担しています(最終的には水道代に添加されます)。

ウォルター取水口のウナギ・スクリーン全景

ウォルター取水口のウナギ・スクリーン全景

メッシュは1.5mm幅。傷んだ部分を取り替えられるように、細かいパーツの組み合わせでできています

メッシュは1.5mm幅。傷んだ部分を取り替えられるように、細かいパーツの組み合わせでできています

ウナギ・スクリーンを製作、販売しているのはhydrolox社

ウナギ・スクリーンを製作、販売しているのはhydrolox社。英国の規則でHydrolox社の製品の使用が義務付けられているわけではありません

ウナギ・スクリーンの設置を定めた規則
ウナギ・スクリーンの設置は、英国環境庁がウナギの保護のために作成した規則(statutory instrument)によって定められています(規則へのリンクはこちらから)。2009年に定められ、2010年に施行された「The Eels (England and Wales) Regulations 2009」によると、イングランドとウェールズに存在する、24時間で20㎥以上取水するあらゆる取水施設が対象で、スクリーンの設置費用は全額施設管理者の負担とされています。
「The Eels (England and Wales) Regulations 2009」は、2007年にEUが設定した「establishing measures for the recovery of the stock of European eel」を根拠として定められました。

洗浄水を組み上げるポンプ

洗浄水を組み上げるポンプ

スクリーンの外側(テムズ川に面している側)。枝など大きなゴミの侵入を防ぐスクリーンが設置されています

スクリーンの外側(テムズ川に面している側)。木の枝など大きなゴミの侵入を防ぐスクリーンが設置されています

「ウォルトン取水場ウナギスクリーン」の操作室。普段は全自動ですが、この日はマニュアル操作に切り替えて動きを見せてくれました

「ウォルトン取水場ウナギスクリーン」の操作室。普段は全自動ですが、この日はマニュアル操作に切り替えて動きを見せてくれました

対策を進めるには根拠となる法律が必要
このような大規模な対策を進めることができている背景には、根拠となる明確な規則があります。今後ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるにあたって、深く考えさせられる事例でした。