中央大学の海部健三です。2016年9月25日、南アフリカで開催されているCITES(通称ワシントン条約)の第17回締約国会議(CoP17)において、ニホンウナギを含む全ウナギ属魚類の資源管理や流通に関する調査を行うEUの提案が、全会一致で採択されました(NHK「おはよう日本」)。この件について、考えを記します。
なお、EU提案の内容やワシントン条約の意味、ニホンウナギの置かれている状況については、過去の記事をご覧下さい。
調査提案の意味
今回、すでに附属書IIに掲載されているヨーロッパウナギをのぞく15種のウナギ属魚類を、附属書に追加する提案はありませんでした。提案され、採決されたのは、あくまで個体群サイズや消費、流通の現状に関する調査です。しかし、調査が提案されたことは、ウナギ属魚類の個体群動態や、消費、流通の状況が現状のままで良いと考えられてはいない、ということを示しています。調査の結果、やはり附属書に掲載し国際取引を規制する必要があると判断された場合は、おそらく2019年に開催される第18回締約国会議(CoP18)において、ウナギ属魚類全種の附属書への掲載が提案されることになるでしょう。(詳しくは過去の記事をご覧下さい)
ニホンウナギの資源管理の現状
ニホンウナギに関しては、個体群動態、消費と流通が調査の対象として考えられます。すでに個体群サイズの縮小が指摘されている本種において、最も大きな問題となるのは、消費に関して適切な資源管理がなされているのか、ということでしょう。現状においては、適切な資源管理がなされているとはいえません。2014年より日本、中国、韓国、台湾の4ヶ国は、養殖に用いるシラスウナギについて、養殖場に導入する量(池入れ量)の制限を開始しました。しかし、池入れ量の上限は科学的根拠に基づいておらず、本種の持続的利用を担保するものではありません。知見の不足によって科学的根拠に基づいた上限を設定できないのであれば、消費を削減する必要があります。現在ニホンウナギが減少しているということは、ニホンウナギの増える速度を消費する速度が上回っているということであり、持続的利用を達成するためには、消費量を削減する必要があるためです。しかし、現在の池入れ量の上限は、実際に捕獲できるシラスウナギの量を上回っており、消費を削減する効果を持ちません。つまるところ、ニホンウナギの資源管理は適切ではないどころか、実質的には、資源管理が行われていないのと同じ状態なのです。
ワシントン条約はベストの選択か?
「ワシントン条約はウナギの持続的利用に取って、ベストの選択ではない」という意見もあるかも知れません。これは、一部正しく、一部誤っています。ニホンウナギがワシントン条約によって規制されることになった場合、実質的には一切の国際的商取引が禁止されることになるでしょう(詳しくはこちらの記事)。このような柔軟性のない枠組みは、個体数の変動が大きいウナギのような動物の保護には向いていません。ある年、何らかの理由で急に個体数が増えたとしても、それを利用することができないためです。このため、ワシントン条約はウナギの持続的利用のためのベストの選択とはいえません。しかし、現状を見てみるとどうでしょうか。上記のように、ニホンウナギについては、実質的には全く資源管理が行われていないのと同じ状況です。科学的知見に基づいた池入れ制限も設定されず、消費の削減もなされていません。この現状を打破し、消費量を削減しようとする動きが、ワシントン条約による規制の動きです。他に方法がない現状では、柔軟性の欠落したワシントン条約でさえも、現実的な選択肢の中ではベストの選択といわざるを得ません。「ワシントン条約はベストではない」という主張は、ワシントン条約に変わる、現実的で、効果的な対案を伴う必要があります。そして、現在の池入れ制限がそのような対案にはなり得ないことは、明らかです。
ワシントン条約 による規制は「日本の食文化」を危機に陥れるのか?
9月26日朝に放送されたNHKの「おはよう日本」では、全国の養殖業者でつくる業界団体「全日本持続的養鰻機構」の村上寅美会長が、「3年後に開かれる次の会議で、ニホンウナギの国際取引の規制が提案される可能性があり、規制されれば、日本のウナギ業界は大打撃を受け、食文化も守れなくなる。イエローカードどころの話ではなく、本気で取り組まなければ大変なことになる」と話しています。ワシントン条約の規制によって、本当に日本の食文化が失われるのでしょうか。実際には、そのようなことはありません。例えば、2016年に日本の養殖場に入れられたシラスウナギの総量は19.7トン、このうち13.6トンが日本国内で漁獲されたシラスウナギで、残る6.1トンが輸入されたものとされています(水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」)。ワシントン条約が規制するのは国際取引のみですので、もし規制の対象になったとしても、今年の池入れ量の約7割は維持できた計算になります。13.6トンのシラスウナギを養殖し、重さが800倍になったとすると、10,880トンになります。現在の流通量である5万トン(2015年)と比較すると少なくなりますが、「文化を維持する」という視点から考えれば、十分な量ではないでしょうか。
ワシントン条約はチャンス
ウナギの減少は、1980年代には明らかであり、1990年代には国による調査も行われてきました。しかし、実質的な効果を持つ対策は行われないまま、現在に至ります。しかしここ数年間、関係各国での話し合いや水産庁、環境省による保全と持続的量を目指した調査など、様々な変化が現れています。これは、ウナギの現状に対する危機感から生まれているものでしょう。ワシントン条約による規制の可能性は、この危機感をさらに強くする効果をもたらしています。危機感が強まることによって、関係者が動き、社会が動き、これまで現実のものとならなかった、本当に効果的な対策を現実のものにできるのではないでしょうか。ワシントン条約を単なる外圧として避けようとせず、チャンスと捉えて正面から向き合うことで、より適切なウナギの資源管理方策を、現実のものにすることが、できるはずです。
2016年9月26日
海部健三