2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜
中央大学 海部健三
- ニホンウナギの個体群サイズが現時点でも縮小を続けていることは、「科学的」に証明されていない。ニホンウナギ個体群サイズの縮小の主要因についても、科学的根拠に基づいて、高い確度で特定することはできない。
- 予防原則に基づき、ニホンウナギの個体群サイズは縮小を続けていると想定し、適切な対策を講じるべき。
- アリー効果を考慮すると、ニホンウナギ個体群が急激に崩壊へ向かう、または向かっている可能性も想定できる。
- ニホンウナギの個体群回復という視点に立ったとき、優先するべきは過剰な漁獲と成育場環境の劣化への対応。
ニホンウナギは増えている?
農林水産省の統計によれば、国内の河川や湖沼におけるニホンウナギの漁獲量は、1960年代には3,000トンを超える年もありましたが、2015年には68トンにまで減少しています。このような状況を受け、2013年2月に環境省が、ついで2014年6月にIUCN(国際自然保護連合)が、相次いで本種を絶滅危惧種に区分したことを発表しました(環境省 2015; Jacoby & Gollock 2014)。
一方、ニホンウナギの個体群サイズ(資源量)を推測した、現時点では唯一の学術論文(Tanaka 2014)では、1990年以降、1歳以上のニホンウナギ個体数は増加傾向にあると推測しています。ニホンウナギの個体数が増加傾向にあるとする推測は、環境省およびIUCNのレッドリストの評価結果や、シラスウナギが不足し、価格が高騰している現状と、大きく乖離しています。少なくとも1960・70年代と比較するとニホンウナギは減少している、という認識は専門家の間でも共通していますが、Tanaka(2014)のように、現時点では個体数が増加している、とする見解があることも事実です。なお、この件に関する詳しい議論は「2016年ウナギ未来会議 議事録」をご覧ください。
予防原則
予防原則とは、生物の絶滅のように、結果が重大であり、取り返しがつかない問題について、最悪の事態を想定して行動するという原則です。例えば、目の前に壊れかけた(実際には、壊れかけているように見える)橋があったとします。橋を渡れば壊れて落下する可能性がありますが、壊れないで無事に渡れる可能性がないわけではありません。橋が架けられている場所はある程度の高さがあり、壊れて落ちれば怪我をしそうです。このような、橋が壊れて落ちる可能性が高く、落ちた場合の被害が大きいときに「渡らない」と判断する、または渡っている途中に橋が壊れても、落ちて大怪我をしないように命綱などの準備をするのが、予防原則に沿った行動です。
前年同期比と比較して、シラスウナギの採捕量が99%も減少している時、「海流の変化など、今年の特別な事情で採捕量が少なくなっているのかもしれない」と考えるのは、壊れかけた橋を渡る行為と同じく、リスクの高い考え方です。一説には50億以上と、鳥類では世界最大級の個体数を誇ったリョコウバト(Ectopistes migratorius)は、狩猟と森林の伐採など人為的な影響によって100年あまりで激減し、1914年に絶滅しています(Bucher 1992)。「ニホンウナギ個体群はまだ大丈夫」「今年は海流の影響で来遊量が減少しただけ」という考え方が、同じ悲劇を招かないと言えるのでしょうか。想定されるリスクの大きさを考えたとき、予防原則に基づき、ニホンウナギ個体群サイズは縮小を続けていると考え、適切な対策を講じるべきです。なお、ニホンウナギとリョコウバトの比較論考については、「ニホンウナギは絶滅しないのか?」をご覧ください。
アリー効果と個体群の崩壊
ラニーニャや黒潮の蛇行など、海洋環境が今期のシラスウナギ来遊量の減少に関与している可能性は十分にあります。しかし、過去にラニーニャや黒潮の蛇行が発生した年でも、今回のように、極端にシラスウナギ来遊量が減少した例はこれまでに知られておらず、海洋環境を今期のシラスウナギ来遊量減少の主な要因と位置付けることは困難です。それでは、個体群サイズの縮小を主な要因として、昨年同期比で99%減という、極端なシラスウナギ採捕量の減少を説明することが可能なのでしょうか。実際には、生物の個体群が急速に減少する現象は、生態学の世界でよく知られているアリー効果と呼ばれるメカニズムを考慮すると、十分に想定することができるのです。
生物は一般的に、個体数密度が高くなると資源をめぐる競争が熾烈になり、生残率や成長率が低下します。その一方で、個体数密度が極めて低い場合には、反対に密度低下によって生存率や増殖率が低下する現象があり、アリー効果と呼ばれます。特に、オスとメスで両性生殖を行う生物の場合、個体数密度が低下するとオスとメスが出会う確率が低下し、繁殖率が低下します。人間でも過疎地においてパートナーを見つけることが難しくなるのと、同じ現象です。
ニホンウナギの産卵は1対1のペアではなく、少なくともオスとメスそれぞれ100個体以上の集団が、数十m以内の範囲に密集して行われると考えられています(Yoshinaga et al. 2008; 黒木・塚本 2011)。ニホンウナギ個体群サイズの縮小は、産卵に向かう個体数を減少させます。産卵に向かう個体数の減少は、成育場から遠く離れたマリアナ諸島西方海域の産卵場において、オスとメスが出会い受精する確率を低下させると考えられます。産卵に向かう個体数と、産卵場においてオスとメスが出会う確率がともに低下する場合、新しく生まれる個体数は、指数関数的に減少することになります。
さらに、個体群の減少は産卵回遊の成功率をも低下させる恐れがあります。一部の漁業者では、産卵場に向かうウナギは群れを作ると、伝説のように伝えられています。捕食者の多い海の中を泳ぐ産卵回遊は危険に満ちており、行動追跡実験でも、サメなどによる捕食が報告されています(Béguer-Pon 2012)。群れを作ることによって被食確率を低下させる動物では、個体数密度が減少すると、被食確率が増大し、生残率が低下します。これも、アリー効果の一つとして考えられています。個体群サイズの縮小に起因する、産卵に向かう個体数の減少によって、ニホンウナギの産卵回遊の成功率が低下すれば、産卵場に到達できる個体はさらに減少し、オスとメスが出会う確率はより一層低下します。その結果、新しく生まれるニホンウナギの個体数が大きく減少するかもしれません。
ニホンウナギの個体群サイズが、ある限界を超えて縮小すると、産卵場でオスとメスが出会い、受精卵を生産することが困難になり、個体群が一気に崩壊へと向かう可能性が考えられます。現在のところ、ポイント・オブ・ノーリターンとも呼べるこの限界を超えて、ニホンウナギの個体群サイズが縮小したのかどうか、判断するために必要な情報はありません。しかし、その生態とアリー効果を考慮したとき、ニホンウナギ個体群がある瞬間から急激に崩壊することは、十分に想定できるのです。
「個体群減少」の要因
少なくとも長期的には減少しており、急激に崩壊することも想定できるニホンウナギ個体群の変動には、(1)過剰な漁獲、(2)成育場環境の劣化、(3)海洋環境の変化が関係していると考えられています。
- 過剰な消費:現在日本で消費されているウナギのほとんどは養殖された個体であり、河川や湖沼、沿岸域で捕獲されたいわゆる「天然ウナギ(放流個体を含む)」は、消費量の1%未満に過ぎません。ウナギを卵から育てることは技術的に難しく、現時点では商業的な利用が実現していないため、全ての「養殖ウナギ」は、海洋で産み出された卵から孵化して沿岸域までたどりついたシラスウナギを捕獲し、養殖場で育てたものです。再生産速度を超えた漁獲が継続すれば、資源量は減少します。
- 成育場環境の劣化:消費のほかに、ニホンウナギが生活史のほとんどを過ごす成育場である河川や湖沼、沿岸域などの成育場環境の劣化もニホンウナギ資源の減少に強く関わっていると考えられています。台湾と香港の研究チームが衛星写真をもとに、日本、韓国、中国、台湾の16河川を対象に行った研究では、1970年から2010年にかけて8%の有効な成育場が失われたと推測されています(Chen et al. 2014)。
- 海洋環境の変化:ニホンウナギの産卵場は外洋に存在し、孵化後は海流によって成育場にまで受動的に移動するため、海洋環境の変化は生残率に大きく影響します。例えばニホンウナギでは、エルニーニョの発生によって、成育場へ輸送される個体数が減少します(Kim et al. 2007)。現在はラニーニャの傾向であり、ラニーニャでも成育場へたどり着ける個体数が減少しますが、エルニーニョほど影響は大きくありません(Zenimoto et al. 2009)。このほか、輸送経路の渦(eddy)の増加(Tzeng et al. 2012)、フィリピン・台湾振動(Philippines-Taiwan Oscillation)がニホンウナギの来遊量に影響を与えること(Chang et al. 2015)などが報告されています。
その他に想定できる減少要因として、堰など河川横断構造物による移動の阻害が被食の確率を高めること、放流など個体の輸送によって新たな病原体が侵入・拡散すること、などが考えられます。
主要な要因と考えられている(1)過剰な漁獲、(2)成育場環境の劣化、(3)海洋環境の変化のうち、海洋環境をニホンウナギの産卵と輸送に適した状態に変えることは困難です。長期的視点に立って温暖化の進行を抑え、海洋環境の変化を最小限にとどめることは重要ですが、ニホンウナギ個体群の回復という比較的短期的な視点に立ったとき、優先するべきは(1)過剰な漁獲と(2)成育場環境の劣化への対応です。具体的な対応策については、第2回「喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し」と、第3回「生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜」で解説する予定です。
引用文献
Béguer-Pon M et al. (2012) Shark predation on migrating adult American eels (Anguilla rostrata) in the Gulf of St. Lawrence. PLoS One 7, e46830
Bucher EH (1992) The causes of extinction of the Passenger Pigeon. In Current ornithology, pp. 1-36. Springer US
Chang YL et al. (2015) Impacts of interannual ocean circulation variability on Japanese eel larval migration in the western north Pacific Ocean. PloS one 10.12, e0144423.
Chen J-Z et al. (2014) Impact of long-term habitat loss on the Japanese eel Anguilla japonica. Estuarine, Coastal and Shelf Science 151, 361-369
Jacoby D, Gollock M (2014) Anguilla japonica. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2014.3
環境省 (2015)「レッドデータブック2014−絶滅のおそれのある野生生物−4汽水・淡水魚類」ぎょうせい.東京
Kim H et al. (2007) Effect of El Niño on migration and larval transport of the Japanese eel (Anguilla japonica). ICES Journal of Marine Science, 64, 1387-1395
黒木・塚本(2011)「旅するウナギ –1億年の時空をこえて」東海大学出版会. 神奈川
Tanaka E (2014) Stock assessment of Japanese eels using Japanese abundance indices. Fisheries Science 80, 1129-1144
Tzeng WN et al. (2012) Evaluation of multi-scale climate effects on annual recruitment levels of the Japanese eel, Anguilla japonica, to Taiwan. PLoS ONE 7, e30805
Yoshinaga et al. (2008) School size of spawning Japanese eel: estimation from genetic data. 5th World Fisheries Congress, Yokohama (oral presentation)
Zenimoto K et al. (2009) The effects of seasonal and interannual variability of oceanic structure in the western Pacific North Equatorial Current on larval transport of the Japanese eel Anguilla japonica. Journal of Fish Biology 74, 1878-1890
今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し」を2月5日の月曜日に公開する予定です。シラスウナギの来遊が期待される3月の新月まで連載を継続するため、第7回、第8回とまとめを追加しました。内容は未定ですが、ウナギに関わる産業の役割や、政治や行政の役割についても論じたいと考えています。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。
「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し(2月5日)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2月12日)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2月19日)
5:より効果的な放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:TBD(3月12日)
8:TBD(3月19日)
9:まとめ(3月26日)